ノーベル経済学賞に思う

 そういえば、月曜にノーベル経済学賞の
 発表があった。おりたたみ椅子事件など
 書いている場合じゃなかったのだ。
 しかも、ダイアモンド、モルテンセン、
 ピサリデスという、労働経済学の重鎮が
 受賞というではないですか。
 ダイアモンドさんは、大学院生時代にずいぶん
 論文を読んだ気がする。今回の受賞の件
 以外にも、世代間重複モデルなど経済学の 
 理論的貢献の大きい方だ。
 ダイアモンドさんには、ブランチャードさんとの
 共著によるマッチング関数とよばれる求人と求職が
 就職に与える影響を数量化した研究がある。求人と
 求職が同時に増えることで就職が増加するメカニズム
 を定式化したものだ。
 その影響を受けて、20年位くらい前に、日本でも
 マッチング関数の推計をしたことがある。日本の場合には
 求職が増えても、求人が増えない限り、就職は増えないと
 いう結果で、ダイアモンドさんたちの結果とはずいぶん
 違ったけれど。
 モルテンセンさんとピサリデスさんの論文のうち、
 なかでも1994年にかかれた
 Job Creation and Job Destruction in the Theory of Unemployment
 (Review of Economic Studies 61, pp.397-415)
 は、労働研究、マクロ経済研究の流れを転換させた
 まさにエポックメイキングな研究だ。今回の受賞も基本的に
 この研究とその流れの一連の研究が評価されたようだ。
 2004年に私も『ジョブ・クリエイション』という本を出して
 いる。主に、1990年代に書きためた博士論文をベースにした
 ものだが、タイトルから明らかなように、モルテンセンさん
 たちの研究の流れに影響を受けていることはまちがいない。
 彼らの研究は、サーチ理論と呼ばれる求職者の職探し行動と
 企業の採用行動による出会いをマッチングと呼んで、定式化
 したものだ。それまで失業研究は、マクロ経済という経済を
 全体として捉えることが主流だったのが、個別の労働者と
 企業に焦点を当てて理論化し、失業をその総合的結果として
 とらえたものだ。そこから失業研究は、マクロ経済学を離れ
 ミクロ経済学的にとらえることが、主流になっていった。
 
 サーチ理論は、それまで失業研究の一つの流れにすぎなかった
 のが、彼らの研究以降は、まさに研究の圧倒的主流となっていった
 ことでも画期的なものだった。
 ノーベル賞は、社会の役に立つ学問成果を表彰するものらしいが
 実際に彼らの貢献もある。失業対策といえば、公共投資とか、
 失業手当とかを考えがちだが、彼らのメッセージは「仲介」する 
 ことの大切さを理論的に明らかにしたことだろう。ミスマッチは
 市場のなかだけでは解決できないことも多く、きめ細やかな仲介
 がなければ解消しないのだ。
 ただ、どんな素晴らしい成果でもそうだけれど、いや素晴らしい
 成果だからこそ、残された課題も少なくない。ミスマッチといえば
 年齢によるミスマッチとか、スキルによるミスマッチが強調される。
 年齢によるミスマッチには、年齢差別を禁止する法律などが有効
 だろうし、スキルによるミスマッチにはスキルを高める職業訓練が
 不可欠ということになる。
 ただ「労働力調査」を見ていただくとわかるが、一番多いミスマッチ
 とは「希望する種類・内容の仕事がない」という希望のミスマッチ
 なのだ。希望のミスマッチによる失業は、失業全体の3分の1弱を占め、
 さらには不況において深刻化する傾向も強い。
 そんな希望のミスマッチの発生のメカニズムと解消のための方策は
 未だ明らかにされていない、今後の労働研究の課題なのだ。
 そんなことを考えつつ、今回の受賞を思ったりした。