音声

本来ならば
今日は
釜石で
トークイベントを
行う予定だった。

それを関係者と
相談の上、
7月の段階で
延期となった。
https://sanriku-travel.jp/know/event_info/p3067/

当初は
オンラインで
という案もあったが
やはり直接会って
話をするのがいい
といった
ありがたいご意見も
いただき
延期に決めた。

訪問するのには
時間もおカネもかかる
場所では
オンラインを使っての
講演や会議など
これから一つの選択肢に
なっていくだろう。

実際、4月以降、
うかがえないことで
オンラインでの参加に
代えさせていただき、
それなりの手応えも
感じることができた。

ただそれでもやはり
あえて(わざわざ)訪問して
直接会ってとなると
今後はそれだけ
以前とはまた違う
独特の価値や意味を
帯びることになるような気がする。
https://genda-radio.com/archives/date/2020/07/15
https://genda-radio.com/archives/date/2020/07/14

オンラインが
会場でしゃべるのと
違うと一番思うのは
当たり前だが
自分の声は
よく聞こえるということ。

同時にそれは
本当の会場の声が
聞こえていないのかも
しれないということ
でもあるのだろう。

そもそもオンラインで
聞こえてくる声は
ライブの声ではない
という自覚も
必要なのかもしれないと思った。

段取

ない。ない。
財布がない。
カバンに入れたはずの
財布がない。

いや、待て。そもそも
カバンに入れなかったかも
しれない。

そうだ、
さっきお店で
野菜を買って
持参した手提げ袋に
詰めようとしたときだ。

財布をカバンに戻そうか
それとも手提げに入れようか
一瞬迷って、
そのとき台の上に
ちょっとだけと思って
とりあえず置いたんだ。

野菜を入れ終えた後、
そのまま財布を置きっぱなし
にしたのかもしれない。
きっとそうだ。間違いない。

パニック。
手提げとカバンの中身を
何度も探したが
やっぱりない。
これはたいへんだ。
現金もカードも全部入っている。

数分前のことなので
急いでお店に戻ってみる。
お店のおじさんに
「あのお、財布が・・・」
と言いかけると
仕事中のおじさんが、
「財布ね。」
と、ポンと渡してくれる。

おじさん、名前とか
中身とか確認したほうが
いいんじゃないのと
立場を超えて一瞬感じるが
この際、関係ない。

!!!!!
セーーーフ!

レジ袋が有料になって
袋持参になり、微妙に
段取りが変わったことの
影響もあったかもしれない。
いつもなら、お金を払って
ルーティンで財布は即座に
カバンにしまうことになってるのだ。
手提げに財布を入れてもいいかという
一瞬の迷いがピンチを招いた
と考えられる。

以前よりも買い物の頻度が減り、
滅多に買い物に行かなくなった人も
これまでの段取りやルーティンが微妙に
崩れていることもある。そうなると
思いがけない失敗をしたりする。

どうぞくれぐれもお気をつけあれ。

 

直接

広島、75年目の夏。

記念式典を中継する
番組のなかで
広島の大学生の女性が
「自分たちは
被ばくを経験された方々から
直接話を聞ける
最後の世代と
言われている」
と言っていた。

本当にそうだと思った。

広島だけでなく、
長崎も、沖縄も、東京も、
多くが過酷な経験をされた
すべての地域で、
それでも話をしてもよい
という当事者の方々に
直接会って、
話を聞き、
表情を見て、
時間と空間を共にできる
かけがけのない最後の時間が
まさに今なのだろう。

感染の先行きが
どうなろうとも
とりかえしのつかない
大切な一瞬のなかに
今あるということを
あらためて教えられた。

六秒

怒りを感じたら
6秒間
とにかく
じっとしている、
やり過ごすことが
大事だといわれる。

ネットの記事も多いが
テレビでも
イラッとしたら
とにかく6秒間
じっとしていましょう
とやっていた。

はじめてそのことを
聞いたのは
ラジオでの
ビールのコマーシャルだった。

印象的だったので
知り合いに頼まれた
結婚式のニ次会のスピーチで
そのネタを
しゃべったことなど
思い出す。
完全に
おじさんスピーチだ。

ただ6秒は
けっこう長い。
そこでテレビでは
じっと待つ間
呪文(おまじない?)を唱えましょう
とか言っていた(気がする)。

呪文か。

呪文といえば
ぱっと思いつくのは
やはり
テクマクマヤコン
だろう。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%A4%E3%82%B3%E3%83%B3

一回
テクマクマヤコンを
つぶやくと
約1秒ちょっと。
五、六回心のなかで
つぶやくのか。

でもなんだか
怒ってるアッコちゃん(※)のようだ。
「○○になれー」って
ちょっと○○に念を込めている
自分もちょっとコワイ。

※ 昨日「サリーちゃん」と
書いたところ、抗議のお声を
多々いただきました。訂正の上、
こっそり修正しました。
マハリクマハリタ ※

それに
変身したいものもないし、
コンパクトないし。

ということで
テクマクマヤコン
でなければ、
やっぱり漢字6文字の
アレだろうなあ。
●●●●●●
これも6秒には
だいたい五、六回だろう。

それでも
6秒間待っても
収まらない怒りも
結構ある気がする。

そんなときはどうするんだろう。
行く末がかえって
おそろしい気もするのだが。

距離

「ソーシャルディスタンス」
という言葉がすっかり
定着している。

けれど意味合いからすれば
「フィジカルディスタンス」
(物理的距離)
といったほうが
ずっとハッキリ明快で
気持ちもまだいいと
思うのだけれど
どうなんだろう。

同じような意見は
感染拡大以降
少なからず
あるようだ。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2004/06/news055.html
https://www.kyodo.co.jp/release-news/2020-06-09_2823922/

distanceでも
distancingでも
いいので。

物理的には
一定の距離を
保ちつつも、
社会的な距離を
縮めていくことは
やり方次第で
いくらでも
できるのだ
と信じる。

あのとき
最初
ソーシャルディスタンス
なんて
言ってたけど
今思うと
変だよね
といつかなってほしい
とも思う。

それにしても
ディスタンスは
星空でしょ。