『ニート』(幻冬舎)の初版が刊行されたのが
去年の7月10日。
それから本当にいろいろなことがめまぐるしく
起こった。いろいろ言われたりもした。けど、
それ以上にいろいろ応援もいただいりした。
そして、いろいろな新しい仲間に出会えたのは、
何よりもの財産だ。
そんな大切な友人の力も借りて、同じ
7月10日に『子どもがニートになったなら』
(NHK生活人新書)という共著を出す。
これも何かの縁だと思う。
2005年7月
違う
経済的に豊かでなければ希望が持てない?
世の中、そんなに単純には出来てない。
それにしても希望を考えようとすることへの
批判は、いつもステレオタイプで陰気だ。
希望のパラドックス
希望とは、その内容が具体的になればなるほど、
その実現の可能性は遠のいていく。だから、
本当の希望とは、必然的に挫折や失望が伴う。
その意味で、大盛希望は無料のような、要求すれば
必ず実現する希望とは、真の希望ではない。
希望の目的は、ほとんどの場合、実現しない一方で
希望を保有すること自体が、思考もしくは行動に
何らかの変化を引き起こし、結果的に、希望がなかった
場合には得られなかったであろう、より高次の
充足を実現することがあり得る。
希望は明確な内容であるほどその目的の実現から
遠のくが、希望は生きる上で高次の充足を獲得
するための重要な手段である。これが
希望のパラドックス(逆説)である。
コーネル大学で希望について研究している
文化人類学者の宮崎広和さんと7月1日に
お話をし、そんなことを確信した。