2009年

ふたたび
http://www.nippon.com/ja/column/g00348/
にある
図を見ていただくと、
「正社員」を含む記事が
突出して増えた年次があります。

それは2009年です。

2009年はリーマンショックの翌年で
お正月には日比谷公園での
日雇い派遣村が
話題になった年でした。

その年には「正社員」を含む記事が
年間1749件にものぼり、
「非正社員」に関する記事も
405件となっていました。

平均すれば一日に一件は
非正社員という言葉が
登場するようになったのは
後にも先にもこの年だけです。

ただ、この2009年を境に
非正社員という言葉が広まって
いったのは事実です。

同時に、
小倉一哉さんも指摘を借りれば
「言葉としての
「正社員」がマスコミに
普及してから、
まだ10年くらいしか経っていないのだ」
というのは、本当にそのとおりだと
思います。

 

 

メディアへの登場

このように
「正社員」
という言葉は
1980年代頃から
政府の統計などには
使われるようになってきます。

ただ、
だからといって
それですぐに世間一般に
その言葉が広がったかというと
そうではありませんでした。

http://www.nippon.com/ja/column/g00348/

に載せた最初の図には
1984年以降、朝日新聞に
「正社員」という言葉を含んだ記事が
年間何件くらい掲載されてきたかを
示したものです。

ここから80年代後半でも
正社員を含む記事は
年間100件にも満たないことが
わかります。

その後90年代になると
次第に記事は増えていくのですが
367件と、
平均1日1件程度掲載される
ようになったのは、
2001年が初めてでした。

「正社員」そして「非正社員」
という言葉が広く社会問題として
知られるようになったのは、
21世紀になってからだと
いってもいいでしょう。

90年代、私は大学院生でしたが
非正規雇用問題という言葉に出会った
記憶がありません。あったとすれば、
パートタイム労働問題であったり、
格差も正規・非正規よりは、
男女間とか、大企業と中小企業の
企業規模間の格差のほうが
より注目を集めていたように
おぼえています。

正規の職員・従業員

小倉一哉さんの
『「正社員」の研究』
によれば、
政府の統計に
「正規の職員・従業員」
という言葉がはじめて登場
したのは、
1982年の総務省統計局
「就業構造基本調査」
のようです。

その翌年から統計局は
当時1年に1度、2月に行われていた
「労働力調査特別調査」でも
正規の職員・従業員
という区分を用い始めます。

ちなみに正規の職員・従業員以外は
「パート・アルバイト」
「嘱託など」
「その他」
から一つを選ぶことになっていました。

1980年代から
いよいよ正規雇用、正社員が登場し始めます。

 

 

「一般労働者」

政府の資料や統計などに
「パートタイマー」という用語が
1970年代に広く使われるようになりました。

ではパートタイマーではない
労働者をなんと呼んでいたかというと、
労働省(当時)の『賃金構造基本統計調査』では
「一般労働者」としていました。

一般労働者とは、就業規則に定められた
一般的な所定内労働時間が適用されている労働者を言います。

この頃は、あくまで(所定内)労働時間の適用
の有無という客観的区分けが重視されていました。

ここでもまだ「正社員」は登場しません。

「パートタイマー」の登場

では1960年代になると
どうでしょう。そこでもまだ
「正社員」「非正社員」
は登場しません。

むしろ60年代に広まった
新しい働き方といえば
なんといっても
「パートタイマー」
です。

昭和39年(1964年)の
労働省(当時)による
『労働白書』(当時)には
こんな記述があります。

「これはさきにも述べたように
求人難の進展に伴い
家庭婦人が労働市場に進出し、
さらには既婚者で臨時的な仕事
あるいはパートタイマーなどの型で
就業する者が増大していることを
示すものであろう。」(113ページ)

家庭婦人という表現もなつかしいですが、
おそらく労働白書にパートタイマーの
言葉が登場したのは、この年が最初のようです。

翌年の白書にも、

「このような求人難の進展に対処して、(略)
新しい対応として季節工を採用したり、
大都市の食料品、電気機器などの産業で
家庭の主婦層を中心とするパートタイマー
を活動する動きが目立ってきた。」(120ページ)

とあり、新しい動きとしてのパートタイマーへの
注目が、その後本格化していきます。

ちなみに日本の代表的な賃金に関する統計である
『賃金構造基本統計調査』(旧労働省・現厚生労働省)に
「パートタイマー」による区分が始まるのは
昭和44年(1969年)からです。

このようにして1970年代になると
「パートタイマー」への関心が広がっていく
ことになるのです。

「正社員」の歴史

正社員にせよ、
非正社員にせよ、
実は中身はかなり
曖昧という話を
してきました。

でも、じゃあなんで
ずっと話題になっているの?
と思う人もいるかもしれません。

2013年に
小倉一哉さんという早稲田大学の先生が
『「正社員」の研究』
(日本経済新聞出版社)
という、とてもユニークな本を
書かれています。

その第一章には、
正社員という言葉の歴史が
詳しく調べられています。

古いところでは
まだ明治時代だった1901年に
操業が開始された八幡製鉄所
には、当初から
「職員」と「職工」という区分が
あったそうです。

1930年代になると、
日立製作所などでは
「社員」と「職工」という区分があって、
異なる就業規則が適用されていたそうです。

戦後1940年代後半になると
「社員」と「工員」という身分差の
解消に労働組合などは努力します。

年功賃金や長期雇用などの
いわゆる日本的雇用システムが
広く普及したのは、1950年代以降
というのが、多くの研究者の定説です。
ただ、その頃の文献には、まだ
「正社員」「非正社員」という区分や
その差を解消しようといった表現は
登場していません。

「正社員」ってナンだろう?

みなさんの
お手元に
国語辞典がある方。

よろしければ
「正規雇用」
「正社員」
を引いてみてください。

たぶん、
ほとんどの辞書には
載っていないはずです。

有名な岩波書店『広辞苑』にも
1998年刊行の第五版には
登場しませんでした。

2008年に刊行された『広辞苑』第六版に
はじめて「正規雇用」は出てきます。

「非正社員」「非正規雇用」が出ている
辞書は今のところ、見たことがありません。

当たり前のように
使われる
「正社員」
ですが、実はその内実は
よくわからないのです。

非正規雇用は有期雇用?

ウィキペディアで
「非正規雇用」を調べると
非正規雇用(ひせいきこよう)は、いわゆる「正規雇用」以外の有期雇用をいう。
と出てきます。

事実はそうでしょうか。

総務省統計局の
「労働力調査」(2015年)の
調査結果を見てみます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001143324

Ⅱ-7表の一枚目のシートを
みると、「非正規の職員・従業員」は
2015年平均で1980万人です。

その上で3枚目のシートには
「無期の契約」が出ていて、
非正規の職員・従業員のうち
無期の契約は602万人となっているのです。

非正規がすべて有期雇用というのは
事実と異なります。3割は無期の契約なのです。

一方でシートの4枚目をみると、
有期の契約の正社員が123万人存在しています。

正社員=無期雇用、非正社員=有期雇用
というイメージは、実態とは大きくかけ離れています。

正社員って、なにが正しいの?

今月の雑誌『中央公論』に
「正規」と「非正規」の線引きをやめよう
という文章を書いてみました。
http://www.chuokoron.jp/newest_issue/index.html

前々から感じていた
「非正規雇用」問題について
書いてみたものです。

これからは
正規・非正規よりも
無期・有期雇用に
注目していったほうが
よいこと、

その上で、できるだけ
無期か長期の有期雇用が
増えるよう
目標を明確にしたほうが
よいこと、

さらには現在450万人近く
存在する自分の雇用契約期間が
「わからない」
という人を少しでも減らしていく
よう対策を進めるべきこと、

などを書いています。

すでにいろいろとご意見やご批判も
いただいていますが、
みなさんとこの問題を共有
できればと思っています。

誤解

今朝、
雇用問題にまつわる
とある研究会に参加した。

そして実は自分が
完全に誤解していたと
思ったことがあった。

私は最近の労働問題のうち
最も重要なことは、
人手不足が続いているにも
かかわらず、なぜ実質賃金
(消費者物価に対する名目給料)
がいつまでも増えないのか
だと思っていた。

労働経済学の教科書を
みると、
失業が多く、
人手余剰のときでも
賃金は下がらないことがある
ということがよく書かれている。
ケインズの指摘した
「不況期における賃金の下方硬直性」
の問題だ。

今、起こっているのは
「好況期における賃金の上方硬直性」
なのだ。

人手が足りないのならば、
人を雇うことで利潤の拡大を目論む
企業は、賃金を上げてでも人手を
確保しようとするはず。
なぜそうならないのか。

問題は「人手不足」ではなかった。
重要なのは「人材不足」の深刻化
だったのだ。

どこか別のところや、別の会社に
会社が必要とする人がいるのであれば、
その人たちを惹き付けるためにより高い
求人賃金を提示する。また会社のなかに
必要とする人がいるが、人手不足で
引き抜きのおそれがあるときには、
賃金を上げることで、なんとか会社に
とどまってもらおうとする。

いずれも人手不足の前提は、会社に
必要な人材は「必ず存在」するという
ことだ。そのときには、いずれ賃金は
増えていくだろう。

しかし「人材不足」はそれとはまったく
事情が異なる。会社は特定の仕事を
やってくれる人を必要としているのだが、
そんな人材が社内外のどこを探してもいない。
それが人材不足、もっといえば人材枯渇、
さらには人材消失とでもいえる。

人材枯渇であれば、どんなに賃金を上げようにも
そもそも人がいないのだから、人が集まるはずが
ない。また社内にも人材やその候補者はいないと
会社が思えば、その人たちのために高い賃金を
払うことはない。だから賃金が上がることはないのだ。

そこには人を雇おうと思っても人材は求職してこない、
人を育てようとしても人材は育っていかないという、
一種の諦めが、企業にはある。
労働者の側にも、努力して然るべき人材になっても
採用されない、人材になるための育成機会も
得られないという諦めがある。

だとすれば
人材枯渇にもかかわらず
賃金が上がるとすれば
それはどのような状況なのだろうか。
働く人が独立・上昇志向を持って、人生の
ステップアップを繰り返しながら、転職や独立を
続けることで得られる熟練(skill)を磨き
それによって賃金を上げていく。また
会社も人材がいないとなれば、自分たちの手で
熟練を身につけた人材を丁寧に育てていく。
これらはともに高度成長期の時代に実際に
日本のなかで起こったことだった。

しかしそれらはいずれも同時に、21世紀以降、
急速に日本社会のなかで弱くなっていったことでもある。
そしてそれを取り戻すには、まちがいなく
とてつもない時間がかかる。だからすぐには
賃金は上がらない。目先で若干上がることはあっても
賃金の順調な上昇基調は簡単には取り戻せない。

賃金が上がらないのは、一時的な人手不足のせいではない。
賃金が上がらないのは、持続的な人材不足のせいなのだ。
その問題は、きわめて深刻だ。

No Music, No Life.

というコピーがあったが、
今本当に大事なことは

No Skill, No Wage.

なのだ。