助成金と教育訓練

 雇用調整助成金への期待が大である。
 つい最近も、ある市の雇用政策担当者
 と、その件で話をした。
 市内の企業を回り、求人開拓をお願いすると
 怒られたという。今は、求人どころか、企業に
 とってすれば、雇用の維持で精一杯なのに
 何を寝ぼけたことを、といわれてしまう。 
 それだけ雇用維持がギリギリのところまで
 来ているわけである。
 そこで失業防止と教育訓練などを目的として
 注目されるのが、雇用調整助成金である。 
 最近の報道によれば助成金の申請が昨年の
 数十倍どころか、数百倍なのだそうだ。
 噂では、ある大手企業では、下請・孫請会社が
 助成金を得られるようになるために、申請に馴れない
 企業のために、書類の作成や作成のためのマニュアル 
 を整理し、それを書き込むだけでよいようにしているの
 だそうだ。
 そんな期待大の雇用調整助成金は、ほんのつい最近まで
 「完全な過去の存在」になりかけていた、忘れられた存在
 だった。また覚えている人がいても、それは過去の悪しき
 政策という理解のほうが強かったように思う。
 その理由は過去10年の雇用政策の大転換である。
 それはひとことでいえば、
 政策目標が「失業の防止(雇用維持)」から
 産業構造の転換にあわせて
 「失業なき労働移動へ」と転換されたからである。
 将来性のない低生産性部門に属する雇用者の
 雇用維持は日本経済の長期成長にとってマイナス
 であり、それを後押しする雇用調整助成金は
 大転換の時代において愚の骨頂といわれていた
 のである。
 雇用維持よりは転職によって、
 低生産部門から高生産部門へと、できるだけ
 失業期間を短くして移行することが望ましいと
 多くの人が考えていた。
 そんな失業なき労働移動の時代に登場したのが
 雇用政策として重視されたのが、自己責任と歩調を
 合わせた、労働者本人への支援である。その象徴が
 教育訓練給付金制度である。
 
 給付金では、一定期間の雇用保険加入者であれば
 公的に認められた教育・訓練機関の利用に多額の
 助成が認められたのである。
 余談であるが、かつて教育訓練給付金制度の成立に
 携わった方に話を聞いたことがある。その方は当初、 
 給付制度には非難が集まることを覚悟していたという。
 仕事がないのに、訓練だけ施しても、結局、限られた
 パイの取り合いである状況は変わらず、失業の減少には
 つながらない、といわれるだろう、と。
 だが、幸か不幸か、マスコミでもほとんどその点について
 非難が集まらず、拍子抜けするほどであった、とも。
 給付金がどれだけの失業防止の効果があったのか
 その正確な評価はむずかしい。そのためには、給付資格を
 もっていたにもかかわらず、何らかの思いがけない理由で
 給付がなされなかった人と、給付を受けた人の比較が
 必要だからである。
 ただ、一ついえるのは、ちょうど一年前に大問題となった
 駅前留学のNOVAは、教育訓練給付金制度の一つの
 徒花(あだばな)である。
 現在、雇用政策について、マスコミもシンクタンクも
 アイディア大募集といわんばかりに、特集や緊急提案
 が花盛りだ。その主張は多様だが、概ね、研究者などの 
 主張で共通するのが、つぎのような点だろう。
 
 (1)製造業など派遣を制限・禁止するだけでは非正規
 問題の根本的な解決にはならないこと。制限すれば
 企業の海外移転を招くだけである。
 (2)これから生産性を高める必要があり、人手が不足
 している分野での雇用創出が重要である。具体的には
 介護・看護・環境・農業などなど。介護など報酬の引き上げ
 などの就業状況の改善が必要である。
 (3)失業者のセーフティネットを充実させる必要がある。
 そのためには雇用保険の加入対象を広げるほか、
 なんといっても職業訓練の充実が必要である。
 特に異論も反論もないのだけれど、主張が明確な
 分、実現には長い道のりが必要だろう。誰もが
 そうなったほうがいいと思っていても、実現していない
 とすれば、そこには多くが気づいていない深刻な
 大問題がまちがいなく横たわっているからである。
 
 その大問題を乗り越えるには、当事者にかかわり
 戦い続ける覚悟、そして多くの批判や非難を受ける
 覚悟が必要である。
 この際、不況をきっかけに教育や訓練の機会を
 公的に支援することは大賛成だ。パソコンだって
 誰もが使いこなせるわけでない。介護だって資格
 を持つだけでは採用できないのが現状のようだ。
 使いものになるには、実習経験を充実することも
 必要だろう。
 介護やIT分野など、教育訓練のプログラムの充実が
 重要として、重要なのは、そのプログラムにどうやって
 自らの意思で主体的な参加を促すかである。特に将来に
 希望を失っている人にどうきっかけをつくるかである。
 私は、支える人の地道なマンツーマンのかかわりが
 なければ無理だろうと思う。
 勉強しろと強要されて勉強する人はいない。
 そして教育や訓練の制度が充実したとき、そこに
 参加しない無業者への社会の風当たりは、想像を
 絶するほど厳しいものになるだろう。
 現在、非正規は問題になっても、働く希望を失い、
 就職を断念したニート状態の人々は、ほぼ完全に
 無視されている。何度でもいうけれど、ニートは
 裕福な家庭から生まれる傾向は弱まり、むしろ
 貧困とニートの関連が強まっているのだ。
 希望と雇用の問題は密接に結びついている。