安易を排する

以前に書いたように
期間の定めのある有期雇用であっても
やむを得ない事由がない限り、
契約期間満了前に解雇することは
できない。そのことは本年3月より施行された
労働契約法第17条により明確に定められている。
またやむを得ず解雇を行う場合であっても
少なくとも30日前までの予告が必要なことも
労働基準法第20条により定められている。
それらは当然、現下の派遣問題についても
あてはまる。ただし、厳密に解雇が問題となるのは
派遣「先」ではなく、一義的にはあくまで派遣労働者と
雇用契約関係にある派遣「元」、すなわち派遣会社である
ことには留意しなければならないだろう。
雇用関係のない派遣先については、あくまで派遣元と
企業間の民事契約を結んでいるのであって、そこに雇用対策
として介入することには、自ずと限界があるだろう(ただし
1999年に出された労働省告示第138号により、派遣先についても
専ら派遣先に起因する事由により派遣契約を契約期間の満了前に
解除を行おうとする場合には、関連会社での就職を斡旋する等
派遣労働者の新たな就業先を確保することが求められている)。
したがって、重要なのは、派遣会社が「やむを得ない事由」を
過大に拡大解釈して、「なんでもかんでもやむを得ない事由」として
安易に解雇を行わないことである。
その場合、何をもって「安易」と考えるかであるが、ひとまず
重要な判断基準は、整理解雇の効力を判断する法理である4要件
であろう。解雇権濫用法理として労働法の教科書には必ず登場する
4要件とは
① 人員削減の必要性
② 解雇回避努力を尽くしたかどうか
③ 解雇対象者の人選基準とその適用の合理性
④ 労働者側との協議などの手続の妥当性
である。
それらの4要件はすべて、雇用期間の定めのない正規雇用者
のみならず、有期雇用の非正規雇用者にも、厳格に適用されるべき
だろう。したがって派遣会社がやむを得ず解雇を行う場合には、
立証責任を負うと同時に、新たな就業先の確保など最大限の努力義務が
課されることになる。
今後は、これらの要件を踏まえて、派遣労働者を
含む非正規労働者の解雇は、けっして安易になされてはならないという
社会的な規範を確立していくことが急務である。
ただし、そのような主張に対しては、すぐさま使用者側および
経済学者からの批判を予想することもできる。
派遣などの非正規の解雇を困難にすることは、
今回のような予想外の景気悪化に伴う企業側の雇用調整コストを
高めることになる。それはグローバル化の進むなかでの企業の
国際競争力を弱めることにつながるというものである。さらには
非正規の調整コストが高まることは、柔軟な労働力としての非正規の
魅力を弱め、非正規雇用そのものの労働需要(求人)を抑制することに
つながるという意見も当然考えられよう。
解雇権濫用法理などの規範が、どの程度、日本の労働市場の雇用調整に
影響を与えているのかは、それ自体、すぐれて労働経済学の実証研究課題
である。今後も、それについての地道な研究の蓄積が必要であり、
労働経済学者の出番である。
ただし、解雇を安易に行わない規範の成立には、経済社会全体における
メリットも考えられる。
日本の雇用システムに関する近未来的課題のうち、最も重要なのは、
雇用形態にかかわらず、すべての人々が生涯にわたり成長を実現する
ことを可能にする社会づくりである。それは正社員に限らず、むしろ
非正規が雇用者の3分の1を占め、今後もさらに増加が見込まれる状況
では、非正規雇用者にこそ持続的な能力開発の機会が確保されなければ
ならない。
非正規の能力開発の向上は、非正規本人の就業状況を改善するに
とどまらず、経済全体の生産性を向上させ、同時に正規雇用者との処遇差の
解消に向けて、避けては通れない課題である。
では、どうすれば非正規雇用者の能力開発に向けた環境づくりは進んで
いくのだろうか。その際、非正規雇用者本人の自助努力だけでは限界が
ある。フリーターを含む非正規雇用者、さらにはニート状態の
無業者を生み出す背景には、教育機会や家庭環境などを含む貧困問題も
影を落としている。
能力開発にとってなんといっても効果的なのは、
やはり職場における働きながらの継続的な訓練機会の確保、
オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)
である。
企業にとって特殊な技能を形成することが
必ずしも求められない非正規雇用者の能力開発
にとって、企業が自然発生的にOJTを積極化する
経済合理性はない。
唯一、使用者は「安易に解雇をしない(できない)」、
労働者も「安易に離職をしない」という
相互理解と相互信頼が成立することで、
はじめて安定的かつ継続的な職場での
訓練可能性は生まれる。
非正規の解雇を慎重にする規範の形成は
非正規の職場における能力開発は進める後押しとなる。
そのような環境づくりのためには
将来的に有期雇用契約の期間を
どこまで拡大することが妥当と考えられるか、
その見直しと合意形成も重要になるだろう。
非正規だからといって安易に解雇はできない、
非正規も社会的に大切に守られなければならない
という社会的規範づくりとその普及定着が
これからの雇用社会には不可欠である。