『働く過剰』(5)

 
 ニートを含めて若者全体について、
本当にコミュニケーション能力が低下
しているかどうかは、わからないと私は
思っている。むしろ幼少の頃から身の回りに
陰湿ないじめの存在などがあり、そのなかで
目立たぬよう、攻撃の対象とならぬよう、
意識的、無意識的に、人間関係に対して
実に繊細な気づかいをしてきた若者は、
見方によってはきわめてコミュニケーション
能力が高いともいえる。そんな努力を
積み重ねた上に、社会や企業では
もっとコミュニケーション能力が必要という声に、
若者はもう疲れてしまっているのだ。
 
 それに企業社会などで、若者にコミュニケーション能力が
ないと大人が嘆くのも、大人が自分に理解できない若者を
コミュニケーション能力という流行語で表現している
面もある。どんな時代であれ、大人は自分の価値基準
では理解できない若者を「通じない存在」として、
自分に理解できないという理由で、能力が低いと
みなしがちだ。だとすれば、大人と若者のうち、
コミュニケーション能力が本当に低いのは
どちらかといった問題ではなく、異なる世代が
理解し合うのには、いつの時代も限界がある
という当たり前の事実だけが残ることになる。
(第十章「親と子どものあいだには」より)