毎日新聞4月2日朝刊

新入社員の季節だ。
氷河期と呼ばれた就職難の時代は過ぎ去った。
就職活動の苦労も大して経験せずに、
希望の企業から採用内定が得られた人もいるだろう。
新しい環境には誰もが緊張するものだけれど、
同期入社の仲間も結構いたりして、心強かったりする。
希望の会社に就職できたとしても、
実際に働いてみると「話が違う」と思うこともある。
早々に見切りをつけて、転職に踏み切ることも
一つの選択ではある。
景気回復はよほどのことがない限り、しばらく続く。
今後は人手不足だ。今の会社だけがすべてじゃない。
あくせく働き続ける先輩社員たちを理解できなかったりするかもしれない。
実を言うと、20代から30代前半の先輩社員たちは、
新入社員の姿を複雑な思いで見つめている。
彼ら(彼女ら)はバブル経済がはじけた後、
「失われた10年」と呼ばれた長い不況期に就職し、
これまで懸命に働いてきた。求人が限られていたから、
思いどおりの会社どころか、とにかく就職に必死だった。
同期入社がほとんどいないというのも、よくあることだった。
仕事を頼める後輩もおらず、積もりに積もる仕事を
毎日遅くまで残業しながら、何とかこなしてきた先輩たちは、
新人を心から歓迎している。
反面、40歳以上のようにバブル期の乱痴気騒ぎを
経験することなく、苦しい時代しか経験してこなかった
世代特有のやりきれなさもある。
新入社員は、自分たちがラッキーな世代であることは
謙虚に自覚しておいたほうがいい。経済復活を支え、
多くの新人を迎え入れる環境がつくれたのは、
金融緩和や不良債権処理といった経済政策のためだけではない。
他でもない先輩たちの地道な努力のおかげでもあるのだ。
「格差」が盛んに論議されている。
おカネ持ちとそうでない人たちの収入面の格差拡大が取りざたされる。
しかし格差問題の核心は、「チャンス」に恵まれた人たちと、
そうでない人たちとの断絶にある。
なぜ人によってチャンスに差があるのか。
生まれた家庭や通った学校による違いを強調する専門家もいる。
景気が良くて売り手市場で就職した世代は
ずっと安定した就職機会に恵まれやすいのに対し、
不況期に就職した世代は将来にわたって働くのに苦労する
という研究もある。
総じて氷河期に学校を卒業した1970年代生まれは、
前後の世代に比べて、就職の運に恵まれることが少なかった。
景気回復期の新入社員には、ぜひともその幸運を活かしてほしい。
過去の清算が最優先だった時代には、新しいことへのチャレンジが
後回しになり、とかく結果を出すことが求められた。
これからは「攻めの時代」だ。
先がみえないから「やらない」のではない。
わからないからこそ「やってみる」。
そんな人材が期待されている。
そのとき大切なのは、良い失敗を若いうちに、
とにかくたくさんしておくことだ。
良い失敗とは、将来困難に直面したときに、
その経験が糧になる失敗のことである。
良い仕事をしている人は、若い頃の忘れられない
失敗経験を持っている。
職場でも酒の席でも謙虚に聞いてみるといい。
軽くユーモアも交えながら、過去の失敗や挫折を
後輩に向かってクールに語れる先輩は、
まちがいなく「デキる」。
職場に余裕がなかった時代には
若手社員の育成までなかなか手が回らなかった。
即戦力が求められ、かつての新人は辛い思いもした。
先輩は自分たちの経験を反面教師として、
後輩を育てられるはずだ。
色々な新人がいる。
それぞれに適度な失敗の階段を歩ませてあげてほしい。
そして、どうすれば苦しいときを乗り越えることが出来たのか、
みずからの経験を臆せず新人たちに語るのも大切だ。
新人はその話に静かに耳を傾けてほしい。
熟達した先輩は語るはずだ。
「シンドイこともあるけど、そのうちイイことだってある。
三年は辛抱しなよ。一年目より二年目はラクになる。
三年目は仕事が少し面白くなる。
辞めれば、また一年目からやり直しだ」。
格差だ、下流だと大騒ぎするが、
地に足のついた仕事をやってきた日本の若手サラリーマンは、
案外大したものなのだ。