『地域の危機・釜石の対応(3)』

ネタとは何か。
『広辞苑』によると
「ねた(ネタ)」とは
「たね(種)を逆さ読みにした隠語」
だという。

その上で
「①新聞記事などの材料、
②犯罪の証拠、
③道具、特に手品などの仕掛け、
④料理などの材料」と説明する。
公益社団法人・落語芸術協会作成の用語集では、
ネタとは「演芸の題名。根多とも書く」とある。
名人にしか許されない難易度の高い演目は大ネタと呼ばれる。

ここでは、小ネタをひとまず
「ちょっとしたきっかけ(材料・仕掛け)と、
そこから生まれつつあるささやかな兆し(証拠)」
としておきたい。

それは誰もが扱おうと思えば扱える小さな話題である。
観光案内に登場する遺構や偉人の話そのものは、
地域を代表する大ネタであっても、
歴史と現状を日常語で語る小ネタとは一線を画する。
小ネタは、人と人とが交わす些細な会話の中にこそ多い。

民俗学者の宮本常一は
「一人一人の一見平凡に見える人にも、それぞれ耳をかたむけ、
また心をとどろかすような歴史があるのである。そしてそれを通して
世の中の動きをとらえることもできるのではないかと思った」と言った。
小ネタは、市井の人が語る、地域の動きを感じる、ふっとではあるが、
それでも確かなイメージを喚起させる言葉である。

小ネタは、きっかけや兆しである以上、完結していないのが通常だ。
明確な「オチ(結論)」がないのは特徴でもある。
語り終わった途端「だから何?」という微妙な反応も少なくない。
何かの教訓を期待した人からすれば、肩透かしを食らった印象すらある。
中身も聞く人により捉え方は異なったりする。

だが、いっけん無謀(?)と思えなくもない事に、どこか理由や確信もあり、
懸命に挑み続ける人々の姿が目に浮かぶのは、余韻を残す小ネタに共通する。

山内道雄海士町前町長は「海士町は成功事例ではなく挑戦事例」と言う。
小さな挑戦事例も小ネタの相応しい表現だ。それは小さな実験の数々、
それによる多くの失敗とごくたまの成功という意味もある

そこには成功譚の痛快さもなければ、えげつない誹謗中傷もない。
一方、美辞麗句でない、行政、名士、成功者へのパンチの効いた
風刺や諧謔も小ネタの醍醐味である。そして、きまって
「また聞きたい」「先が知りたい」といった気持ちにさせる
何かがある。聞いた人は忘れられず、どこかムズムズした気持ちになる。

小ネタという種を撒くのは、その土地の人々である。
土地をよく知る人が撒く種だからこそ、地域固有の
絶妙な作物や花も実るのだ。

(続く)

 東大社研・中村尚史・玄田有史編、東京大学出版会
『地域の危機・釜石の対応 多層化する構造』より
http://www.utp.or.jp/book/b508909.html
2020年6月30日発売