本や論文を書くときには
できるだけ誤字がないように
気をつけている。
学生にも「誤字が多いと読者の信頼を
なくすことがあるから気をつけよう」
といったりする。
ただ、そうはいっても、どんなに注意してみても
何カ所はどうしても残ってしまう。それに
あるとき、吉行淳之介が「誤字や脱字やあるのも
人間味があって、かえっていい」というようなことを
書いていらして、たしかにそうだよな、と思うように
なった。だから以前ほど、あまり誤字は気にしてない。
ただ、今回の「希望のつくり方」は、編集の小田野さんと
校正さんが、ほんとうに丁寧にみてくださって、まったく
みつからなかった。
それが先日、発見された。
なんと、自分の本のタイトルがまちがっていた。
自分の本を見逃すなんて、自分のミス以外の何ものでもない。
『仕事のなかの曖昧な不安-揺れる若年の現在』
が正解。よく引用されるときに
『仕事の中の曖昧な不安-揺れる若年の現在』
と書いてあることがあって、なんだか仕事中みたいだな
と思った。そういえば
『仕事とセックスのあいだ』という本のタイトルを
『仕事中にセックス』と言われたことがあった。
今回の間違いは
『仕事のなかの曖昧な不安-揺れる若者の現在』
と、2箇所あります。どこかぜひ探してみてください。
そういえば、講演会をしたとき、題名が
『仕事のなかの暖味な不安』
と書かれたこともあった。なんだか暖かい。
カテゴリー : ベンキョーしてみた
エスペランサ
はじめて一人で書いた新書。
希望学の中身を一番わかりやすく書いた本。
今まで書いたなかで一番安い本。
『希望のつくり方』は来週水曜20日発売です。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/1/4312700.html
ノーベル経済学賞に思う
そういえば、月曜にノーベル経済学賞の
発表があった。おりたたみ椅子事件など
書いている場合じゃなかったのだ。
しかも、ダイアモンド、モルテンセン、
ピサリデスという、労働経済学の重鎮が
受賞というではないですか。
ダイアモンドさんは、大学院生時代にずいぶん
論文を読んだ気がする。今回の受賞の件
以外にも、世代間重複モデルなど経済学の
理論的貢献の大きい方だ。
ダイアモンドさんには、ブランチャードさんとの
共著によるマッチング関数とよばれる求人と求職が
就職に与える影響を数量化した研究がある。求人と
求職が同時に増えることで就職が増加するメカニズム
を定式化したものだ。
その影響を受けて、20年位くらい前に、日本でも
マッチング関数の推計をしたことがある。日本の場合には
求職が増えても、求人が増えない限り、就職は増えないと
いう結果で、ダイアモンドさんたちの結果とはずいぶん
違ったけれど。
モルテンセンさんとピサリデスさんの論文のうち、
なかでも1994年にかかれた
Job Creation and Job Destruction in the Theory of Unemployment
(Review of Economic Studies 61, pp.397-415)
は、労働研究、マクロ経済研究の流れを転換させた
まさにエポックメイキングな研究だ。今回の受賞も基本的に
この研究とその流れの一連の研究が評価されたようだ。
2004年に私も『ジョブ・クリエイション』という本を出して
いる。主に、1990年代に書きためた博士論文をベースにした
ものだが、タイトルから明らかなように、モルテンセンさん
たちの研究の流れに影響を受けていることはまちがいない。
彼らの研究は、サーチ理論と呼ばれる求職者の職探し行動と
企業の採用行動による出会いをマッチングと呼んで、定式化
したものだ。それまで失業研究は、マクロ経済という経済を
全体として捉えることが主流だったのが、個別の労働者と
企業に焦点を当てて理論化し、失業をその総合的結果として
とらえたものだ。そこから失業研究は、マクロ経済学を離れ
ミクロ経済学的にとらえることが、主流になっていった。
サーチ理論は、それまで失業研究の一つの流れにすぎなかった
のが、彼らの研究以降は、まさに研究の圧倒的主流となっていった
ことでも画期的なものだった。
ノーベル賞は、社会の役に立つ学問成果を表彰するものらしいが
実際に彼らの貢献もある。失業対策といえば、公共投資とか、
失業手当とかを考えがちだが、彼らのメッセージは「仲介」する
ことの大切さを理論的に明らかにしたことだろう。ミスマッチは
市場のなかだけでは解決できないことも多く、きめ細やかな仲介
がなければ解消しないのだ。
ただ、どんな素晴らしい成果でもそうだけれど、いや素晴らしい
成果だからこそ、残された課題も少なくない。ミスマッチといえば
年齢によるミスマッチとか、スキルによるミスマッチが強調される。
年齢によるミスマッチには、年齢差別を禁止する法律などが有効
だろうし、スキルによるミスマッチにはスキルを高める職業訓練が
不可欠ということになる。
ただ「労働力調査」を見ていただくとわかるが、一番多いミスマッチ
とは「希望する種類・内容の仕事がない」という希望のミスマッチ
なのだ。希望のミスマッチによる失業は、失業全体の3分の1弱を占め、
さらには不況において深刻化する傾向も強い。
そんな希望のミスマッチの発生のメカニズムと解消のための方策は
未だ明らかにされていない、今後の労働研究の課題なのだ。
そんなことを考えつつ、今回の受賞を思ったりした。
さよなら
ずっとかかりっきりだった
本の原稿が、明日で完全に
手元を離れることになる。
10月20日に発売です。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/
最も確実かつ有効な雇用創出策
昨年の1月25日に
「最も有効な雇用創出策」
という題で書いたのが、
以下の内容。
最後にも書いたように、
これは最も有効だが
現実に採用するのは
きわめてむずかしい
策と書いている。
ただ、もしかしたら
やり方によっては必ずしも
実現不可能ではないかもしれない。
ポイントは、労働保険業務統計を
用いて、持続的に雇用を創出している
企業を個別に選び出し、その企業から
優先的に法人税減税などの優遇策を
行うことである。
それによって競争力のある企業の競争力を
さらに高め、雇用の持続的な拡大につなげる
というものだ。
米国の雇用対策として検討しているのも
大筋同じような流れにみえる。
無論、反対もあるだろう。しかし、これ以上
有効かつ具体的な雇用創出策を、私は今
のところ、知らない。
○
以前、雇用危機を克服するのに
有益な雇用創出対策は、現実には
なかなか難しいということを書いた。
介護、環境、農業など、今後の国民生活
が向上するために、成長が期待される分野での
就業拡大が期待されるのは、よくわかる。
それが可能であれば、それに超したことはないと
思う。しかし実際の問題として、それらの分野で
今後懸念される、雇用機会を失った多数の人々を
すべて吸収するというのは、現実的には難しい。
だとすれば、量的に雇用機会の拡大を可能にする方策は
まったくないのだろうか。
○
実際には、雇用機会の拡大にきわめて効果的な手法であり、
通常あまり指摘されていないものが、一つだけである。
しかも、公共投資など新たな大規模な財政出動を
必要としないものである。
それは、持続的な雇用創出の実績を有する事業所や企業を
個別に見つけ出し、それらに対して集中的・包括的な支援を
実施することで、更なる雇用創出を促進することである。
現在の雇用危機も、すべての企業から満遍なく一律に雇用が
失われているわけではない。危機下でも雇用を維持したり、
ときには拡大さえしている企業もある。反対に好況期でも
すべての企業が同様に雇用を拡大しているわけではない。
デービス、ハルティワンガーといった雇用創出に関する
有力な研究者も、雇用が全体的に拡大している場合でも、
それに貢献しているのは、実際のところ、一部の企業群に
集中していることを指摘する。
先ほど述べたような特定の業種を念頭においた支援策は、
量的な雇用拡大が難しいのみならず、支援策としての政策
評価した場合、有効性が失われつつある。同一の業種内で
あっても、持続的に成長を続ける企業もあれば、衰退する
企業もあり、多様性やばらつきが大きくなっており、業種
を対象とした支援だけでは、助成措置などはうまくいかなく
なっている。
新たな雇用を生み出すのは、すでに認知された
業種ではなく、統計的には未だ把握されていないため、
「その他」に分類されるしかないグループでもある。
雇用創出の決め手は、業種や企業規模などから、
もっと個別企業の固有の要因にいっそうシフトしつつある
ことは、2004年に『ジョブ・クリエイション』という
本を書いた際に、指摘したことでもある。
だとすれば、重要なのは、不況下でも成長性を保ち、着実に雇用を
創出する実績を持つ企業を客観的に選び出し、そこに集中的な支援を行う
ことである。成長性を失った企業に対し、雇用維持のための支援を
続けたとしても、それは新たな雇用創出につながる可能性は(ゼロでは
ないにしても)、きわめて低く、政策効果を重んじる立場からすれば、
その評価としては望ましいものとはいえないことになる。
反対に、雇用創出力を潜在的に持つ企業に対して、
集中的に、法人税減税、資金調達優遇、出店や開業などに対する規制の
優先的緩和、社会保障手続などの簡素化、能力開発・採用などに伴う
積極的助成などを総合的に行うことで、雇用創出の実現性を高めることが
可能になる。金銭的な支援でなくとも、成長や雇用創出に支障となる要因を
できる限りなくすだけでも、大きな効果を持つ。
○
では、どうすれば、不況下での雇用創出力を失っていない企業を見つけ出す
ことができるのだろうか。不況下でも、利益を確保している企業としては
すぐに「ユニクロ」などが挙げられるが、それは「ユニクロ」だけでは
ない。むしろ、そのような持続的成長性の高い企業は、必ずしも有名ではない
中小企業に多い。その特徴としては、人材育成に対して積極的な姿勢を
崩していないなどの傾向があることなども、先の『ジョブ・クリエイション』では
あわせて指摘した。
だが、人材育成の姿勢など、人を大切にする姿勢は、なかなか一般の統計などから
把握するのは、難しい。持続的な雇用創出実績のある企業や事業所を、
客観的な統計から把握する方法はないのだろうか。それがあれば、そこから
選定された企業に対して、集中的・限定的に支援を行うことで、結局のところ
経済全体での大規模な量的雇用拡大につながる最も有効な方策となる。
持続的な雇用創出の実績を持つ事業所を客観的に選定する方策がある。
「労働保険年度更新等申告書」という、労働保険に加入している事業所が
すべて提出する義務を持つ報告書がある。今年は7月に年度更新の提出が
義務づけられており、労務の実務担当者であれば、誰もが知っている、
個別事業所ごとにその情報が過去何十年分も政府に蓄積されているはずの
報告書である。
報告書には、確定および概算の保険料算定内訳、期別納付額などに加えて、
その算定の下となる、年度内月平均での常時使用労働者数、雇用保険被保険者数、
免除対象高年齢労働者数などが、毎年記載されている。それを都道府県別に管轄
されている事業所コードで照会することで、個別事業所ごとの雇用者数の変動を
確実に把握できる。そこから、過去に違法行為、税や保険料の未納などがない
といった、一定の基準に基づきつつ、雇用創出実績を持つ事業所を選び出すことは、
可能なのである。
尚、本年4月から新統計法が施行され、業務報告を含む政府統計を公共の目的に
資するために、より積極的に活用することが制度的にも可能となった。
労働保険に関する報告書などを、雇用創出策のために有効活用することなどは、
まさに、その新統計法の精神を発揮する絶好の好機なのである。
さらに企業選出をより正確に行うには、個別の企業の活動や雇用の状況を知るために、
労働保険記録だけでなく、雇用保険業務統計や税務統計なども活用し、総合的
に判断すれば、より望ましい。
業種などにかかわらず、持続的な雇用創出の実績を持つ企業や事業所を、
労働保険記録などから客観的に選出し、そこに対して集中的・包括的な
支援し、成長の妨げとなる要因を個別に取り除いていくこと。それが
最も効果的な唯一の雇用創出対策である。
○
だが、あらかじめ予言するが、このような量的雇用拡大に
最も効果的な雇用政策が、実際に採用されることは、まずない。
雇用創出力を持つ企業は、イヤな言い方をあえてすれば、
「勝ち組」である。先の集中的な政策は、「勝ち組企業にもっと勝たせる
政策であり、負け組企業を見放す政策だ」という批判を浴びることは
必至である。国会やマスコミはもちろん、中長期的な労働政策を
実施的に審議する労働政策審議会であっても、そのような政策は
議論すらされないだろう。
何もしなくても、統計的には、雇用状況はいつか必ず改善する。現在の
ように予想以上の思いがけない状況の変化に対しては、大規模な雇用喪失が
発生する。だが、その後、状況の悪化の継続がある程度、予想されるように
なれば、予め雇用も控えめになるため、新規の雇用消失は抑えられることに
なるからだ。
雇用の状況は、新しい雇用を生み出す力(ジョブ・クリエイション(JC))と
雇用を失う力(ジョブ・ディストラクション(JD))のバランスによって決定
される。100人の雇用に対し、JCが3、JDが8なら、差し引き5人分の
雇用が純減する。それがJDは3のまま、JDが深刻な8から6にわずかでは
減れば、純減は3にまで減少し、少なくとも統計上は雇用の「改善」となる
からである。それは2002年から数年間の雇用「回復」のプロセスそのもの
でもある。
だが、それでは中長期的な解決には何らならないのも事実である。
重要なのはJCの3を、安定的により大きな水準まで引き上げることである。
そうでなければ持続的な成長とそれに伴う国民生活の安定的な向上は
今後とも望めない。
そのための方策として最も有効なのは、一部に対する集中的な支援だ。
だが、それは永遠に採用されることのない、幻の雇用創出対策である。