私は論文を書いて
「それがどのような政策につながるのですか」と
いったことを、石川先生から問い質されたことが一度もない。
政策、なかでも労働政策は、総合的な観点から判断し、
立案・実行されるものだ。 多くの前提条件にもとづく、
たかだか一本の論文からもたらされた含意などが、
そのまま通用するほど政策は単純でない。
では、政策に直結することが目的でないとすれば、
研究の目指すべきものとは、そもそも何なのだろうか。
カテゴリー : ベンキョーしてみた
新刊発売
いよいよ新刊の刊行となります。
『人間に格はない-石川経夫と2000年代の労働市場』
玄田有史、ミネルヴァ書房、2月24日発売、3500円
です。 ご愛顧のほど、よろしくお願いします。
〇
石川経夫先生が1998年に亡くなって以来、
私は何冊かの著書といくつかの論文を発表する機会に
恵まれた。それらの研究について、構想、実証、執筆といった、
あらゆる段階で「石川先生ならば、どのように考えるのだろうか」と、
自問することが半ば習慣となっていた。
自問とは第一に、学術研究に必要となる正確な知識と手法とは何か、
ということである。そしてそれにもまして重要に思えたのは、研究の問題意識、
把握方法、さらには表現手段が、はたして適切なものであるか、ということ
だった。大切なのは、根拠なく格下であるかのように見なされそうな人々の
働く実像、働けない実像を、少しでも正確に知ろうとすることである。
それが、石川先生からの教えだと、思っている。
本を執筆したときには、担当の編集者の方から丁寧なご意見をいただいたし、
学術論文を専門雑誌に投稿すれば、匿名のレフェリー(査読者)から厳しくも
的確な批判をいただいたりした。だが、正直にいえば、本でも論文でも、
最も手強いレフェリーとは、いつでも私のなかに生き続ける石川経夫だった。
「労働経済動向調査」
厚生労働省「労働経済動向調査」
によれば、2009年に希望退職・解雇を
実施した事業所の割合は約5パーセント。
その水準は、ピークであった2002年を
下回り、1999年と同程度だった。
派遣や非正社員を調整し、正社員の雇用を
守ったという解釈も当然あるだろう。ただ
同時に、事業所の多くが2009年の景気後退を
一時的なものと認識していた、さらに2000年代
を通じて正社員のスリム化がすでに進んでいた
という面もあるように思われる。
いずれのより解釈が妥当であるか、今後の
検証が必要だろう。
労働力調査(2009年12月ならびに2009年平均)
2009年12月の完全失業率は
季節調整値で5.1パーセントで終了。
以前にも書いたけれど月次の失業率は
春夏頃に記録することが多かったが、
今回も最高はやはり7月の5.7パーセントだった。
ニュースでも失業率や有効求人倍率、
派遣労働者の雇い止めに関するニュース
に費やす時間も心持ち短くなっている気が
する。
昨年の失業についての特徴はなんといっても
「急速かつ大幅」な増加。2008年にくらべて
1.1ポイントの上昇幅は、統計が開始されて以来
最高。なお水準として年平均最高だった
2002年の5.4パーセントには達しなかった。未曾有
の不況と呼ばれながら、実際は史上最悪となるだろう
という多くの予想は、年平均水準に関しては外れた。
その他、雇用の特徴としては、製造業の就業者減が71万人と
他産業(サービス20万人減、建設22万人減)より著しかった
こと。もし日本国内に一定の製造業を残すことが重要だと
すれば、派遣労働などの制限は明らかに誤っている。
製造業の海外移転に一定の歯止めをかけ、さらには海外企業の
転入を促進し就業機会を広げるには、法人税減税と
消費税増税をセットにした至急の議論が不可避だろう。
(ただ政治が、選挙を意識して、国民の人気取りに
走る限り、そのような議論ははじまらないだろう。)
消費税についてはゆっくりと段階的に消費税を上げることを
確約する(例:2年ごとに1パーセントずつ税率をアップし、
10年後には10パーセントまで引き上げることを約束する)他、
経済効率よりも政治的判断として、食料品など生活必需品
については思い切った軽減もしくは一部非課税にする措置を講じる
(経済学ではすべての財・サービスに一律の税をかけるのが
最も効率的と最初に習う)。それらの工夫によって、1997年の
ときのような消費税アップによる国内消費の急速な冷え込みにも
一定の配慮をすることは可能だ。
いずれにせよ、これからこの先の日本の製造業とその雇用を
どう考えるか、議論を重ねるときが来ていると思う。
私は、従来とさまざまなかたちを変えつつも、製造業が
日本に残り続けることは、とても大事なことだと考えている。
おっと、失業、雇用から話がそれてしまった。
またこれも再三書いているように、派遣や請負など、非正規雇用で
あることがすべて問題なのではない。非正規雇用者のうち、
意図せざるかたちで「転々」とせざるを得ない人たちへの配慮が
重要になる。
中小企業の就業者は31ヶ月と2年以上連続の減少。自営業部門の
縮小にも歯止めがかからない。一年の変動に一喜一憂するだけでなく
少し長い目でみて、本当に重要な問題を見極めることも大切だろう。
労働力調査11月結果速報
1年を通じて、製造、建設、卸小売、サービス業の
いずれにも就業者数の改善はみられなかった。
同じ就業者数の減少は、依然として女性もたいへん
だが、男性がいっそう顕著だ。従業員30人未満の
小企業は連続30ヶ月の就業者減少である。
まさに過去に日本の主だった雇用が総崩れの一年だった。
一方で、完全失業率は、7月ごろをピークに
過去最高を更新したものの、年初の超悲観的な
予想に比べれば、その状況比較的穏やかだった。
それがもっぱら雇用調整助成金の緊急措置の効果なのか、
それとも労働者や企業の逞しさが実際は強まり
つつある結果なのか。その検証はこれからだろう。
また医療福祉、生活関連サービス、そして
飲食サービス・宿泊業(そこには観光関連も当然含まれるだろう)
の雇用も相対的に堅調な状況を続けている。この分野が
成長軌道に乗るかどうかだろう。おそらくそのなかから
よりつぶさに事例も集めつつ、成長している事業所の
特徴をより鮮明にし、その認識を共有することが大事なのでは
ないだろうか。