キーワード

 大改革を行うとすれば、それは
 状況が好転もしくは少なくとも
 安定しているときである。
 改革それ自体が目的を達したとしても
 必ずやどこかにダメージを残す。悪化
 している状況では、そのダメージが
 とりかえしのつかないほど甚大となる
 ことが懸念されるからだ。
 
 手術でも、健康状況の悪化が
 深刻なときにはリスクが大きすぎる。
 
 これから働く環境、専門的にいえば
 雇用システム、労働市場など、
 大きな改革が必要なのだろう。
 ただ、今の状況では、改革を実行
 することよりも、まずは将来の方向性
 と具体的な仕組みを示す、わかりやすい
 ビジョンの共有だろう。
 かつて日本の雇用システムが礼賛
 された時代の、その強みを示す
 キーワードは、なんといっても
 小池和男先生による
 「異常と不確実性への対応」
 だろう。私はその重要性は今も
 色あせないと思う。
 その後、90年代の「変革」の
 時代のキーワードが人事面では
 「成果主義」「雇用ポートフォリオ」
 であり、労働市場でいえば
 「流動化」、労働政策でいえば
 「失業なき労働移動」であった。
 これらはたしかに時代のキーワードであったが
 未来のビジョンとして長期的に共有される
 キーワードであり続けるかどうかは、個人的には
 やや疑問である。
 だとすれば、非正規が3人に1人となった
 時代の新たなキーワードが求められる。私自身は
 「すべてが自己責任でもなく、かといってすべて他者に
  おまかせでもない、雇用形態の違いを超えた、新たな
 協働型の能力開発システム」の模索ではないかと思っている。
 そのための具体的なキーワードを明確にすることが 
 自分自身の目下の課題である。

人が採れない

 有効求人倍率が、昨年1月より1倍を下回り続けている。
 求人倍率とは、職探しをハローワークでしている求職者数
 に対して、同じくハローワークに求人を出している件数が
 どのくらいあるかを示したものだ。
 
 有効というのは、今月に新規に登録されたものに、前月からの
 繰り越し分を加えたものである。
 有効求人倍率は2009年1月時点、全国では0.67倍。都道府県別
 では0.3台や0.4台もあり、深刻さは増すばかりだ。
 ただ、統計を別にみる見方もある。2009年1月の有効求職者数は
 約240万人。一年間から40万人近く増えている。一方、有効求人
 数は、それより少なく約160万人分。同じく1年前から40万人分
 減っている。
 これだけ求人が大幅に減り、そしてこれだけ求職が増えれば
 「仕事がない」という認識が社会に広がるのは当然だ。
 ただ、では、実際の就職者数はどうか。その数は、17万件。
 170万件ではない。17万件。桁が一つ少ないのだ。
 求人は減ったといっても依然160万人分あって、就職が
 成就するのは、約10分の1の17万件という事実。
 
 つまり、求人が減ったとはいっても、採用したいが
 人が採れない企業は、まだまだたくさんあるという
 ことになる。
 どうすれば、未充足求人を減らし、17万件を160万件
 に近づけるか。マンツーマンの就職対応、地道な求人
 と求職のニーズの刷り合わせ、・・・。そこに雇用対策の
 地味だが、大事な中身があるのではないか。
 そういう見方も大事に思うのだが、いかがだろうか。
 

助成金と教育訓練

 雇用調整助成金への期待が大である。
 つい最近も、ある市の雇用政策担当者
 と、その件で話をした。
 市内の企業を回り、求人開拓をお願いすると
 怒られたという。今は、求人どころか、企業に
 とってすれば、雇用の維持で精一杯なのに
 何を寝ぼけたことを、といわれてしまう。 
 それだけ雇用維持がギリギリのところまで
 来ているわけである。
 そこで失業防止と教育訓練などを目的として
 注目されるのが、雇用調整助成金である。 
 最近の報道によれば助成金の申請が昨年の
 数十倍どころか、数百倍なのだそうだ。
 噂では、ある大手企業では、下請・孫請会社が
 助成金を得られるようになるために、申請に馴れない
 企業のために、書類の作成や作成のためのマニュアル 
 を整理し、それを書き込むだけでよいようにしているの
 だそうだ。
 そんな期待大の雇用調整助成金は、ほんのつい最近まで
 「完全な過去の存在」になりかけていた、忘れられた存在
 だった。また覚えている人がいても、それは過去の悪しき
 政策という理解のほうが強かったように思う。
 その理由は過去10年の雇用政策の大転換である。
 それはひとことでいえば、
 政策目標が「失業の防止(雇用維持)」から
 産業構造の転換にあわせて
 「失業なき労働移動へ」と転換されたからである。
 将来性のない低生産性部門に属する雇用者の
 雇用維持は日本経済の長期成長にとってマイナス
 であり、それを後押しする雇用調整助成金は
 大転換の時代において愚の骨頂といわれていた
 のである。
 雇用維持よりは転職によって、
 低生産部門から高生産部門へと、できるだけ
 失業期間を短くして移行することが望ましいと
 多くの人が考えていた。
 そんな失業なき労働移動の時代に登場したのが
 雇用政策として重視されたのが、自己責任と歩調を
 合わせた、労働者本人への支援である。その象徴が
 教育訓練給付金制度である。
 
 給付金では、一定期間の雇用保険加入者であれば
 公的に認められた教育・訓練機関の利用に多額の
 助成が認められたのである。
 余談であるが、かつて教育訓練給付金制度の成立に
 携わった方に話を聞いたことがある。その方は当初、 
 給付制度には非難が集まることを覚悟していたという。
 仕事がないのに、訓練だけ施しても、結局、限られた
 パイの取り合いである状況は変わらず、失業の減少には
 つながらない、といわれるだろう、と。
 だが、幸か不幸か、マスコミでもほとんどその点について
 非難が集まらず、拍子抜けするほどであった、とも。
 給付金がどれだけの失業防止の効果があったのか
 その正確な評価はむずかしい。そのためには、給付資格を
 もっていたにもかかわらず、何らかの思いがけない理由で
 給付がなされなかった人と、給付を受けた人の比較が
 必要だからである。
 ただ、一ついえるのは、ちょうど一年前に大問題となった
 駅前留学のNOVAは、教育訓練給付金制度の一つの
 徒花(あだばな)である。
 現在、雇用政策について、マスコミもシンクタンクも
 アイディア大募集といわんばかりに、特集や緊急提案
 が花盛りだ。その主張は多様だが、概ね、研究者などの 
 主張で共通するのが、つぎのような点だろう。
 
 (1)製造業など派遣を制限・禁止するだけでは非正規
 問題の根本的な解決にはならないこと。制限すれば
 企業の海外移転を招くだけである。
 (2)これから生産性を高める必要があり、人手が不足
 している分野での雇用創出が重要である。具体的には
 介護・看護・環境・農業などなど。介護など報酬の引き上げ
 などの就業状況の改善が必要である。
 (3)失業者のセーフティネットを充実させる必要がある。
 そのためには雇用保険の加入対象を広げるほか、
 なんといっても職業訓練の充実が必要である。
 特に異論も反論もないのだけれど、主張が明確な
 分、実現には長い道のりが必要だろう。誰もが
 そうなったほうがいいと思っていても、実現していない
 とすれば、そこには多くが気づいていない深刻な
 大問題がまちがいなく横たわっているからである。
 
 その大問題を乗り越えるには、当事者にかかわり
 戦い続ける覚悟、そして多くの批判や非難を受ける
 覚悟が必要である。
 この際、不況をきっかけに教育や訓練の機会を
 公的に支援することは大賛成だ。パソコンだって
 誰もが使いこなせるわけでない。介護だって資格
 を持つだけでは採用できないのが現状のようだ。
 使いものになるには、実習経験を充実することも
 必要だろう。
 介護やIT分野など、教育訓練のプログラムの充実が
 重要として、重要なのは、そのプログラムにどうやって
 自らの意思で主体的な参加を促すかである。特に将来に
 希望を失っている人にどうきっかけをつくるかである。
 私は、支える人の地道なマンツーマンのかかわりが
 なければ無理だろうと思う。
 勉強しろと強要されて勉強する人はいない。
 そして教育や訓練の制度が充実したとき、そこに
 参加しない無業者への社会の風当たりは、想像を
 絶するほど厳しいものになるだろう。
 現在、非正規は問題になっても、働く希望を失い、
 就職を断念したニート状態の人々は、ほぼ完全に
 無視されている。何度でもいうけれど、ニートは
 裕福な家庭から生まれる傾向は弱まり、むしろ
 貧困とニートの関連が強まっているのだ。
 希望と雇用の問題は密接に結びついている。
  

明暗

 先月末から非正規雇用に関して
 エッセイと論文が2本。なんとか
 仕上がる。
 非正規雇用のあるべき望ましい姿を
 検討しようとするとき、大別して2つの
 アプローチがあり得る。
 一つは、置かれている深刻な現状を
 鋭く指摘し、その状況の解消を目指す、
 いわば非正規雇用の「暗」部に切り込む
 アプローチである。「派遣切り」や
 「非正規の雇い止め」の問題など、
 近年しばしば話題に挙がるのは、
 その暗の側面である。
 
 それに対しもう一つのアプローチとは、
 非正規雇用のなかで状況に改善がみられる
 場面を見逃すことなく、その機会の拡大に希望を
 つなごうとする「明」の側面に注目するものである。
 ずっと考えているのは、後者である。

非労働力人口への注目

 1月の労働力調査の結果が発表された。
 失業率が下がったことで報道も若干拍子抜け
 気味といったところか。おそらく5月に発表される
 4月の労働力調査の結果が、注目を集めること
 になるだろう。3月一杯で契約が切れる非正規雇用が 
 とても多いと予想されるからだ。
 ただ現状でも気になるのは、就業者数とならんで
 労働力人口も12ヶ月連続して減少していることだ。
 
 働くことを断念した無業者である非労働力人口が
 特に若年・中年の男性で今後増えていくとすれば
 それは雇用問題に限らず、治安や自殺など社会
 不安に直結する。非労働力人口は、前年同月に
 比べて22万人増である。
 非労働力人口には、団塊世代の引退など別の
 要因も左右しているので、その動きは複雑だ。
 今後その動きは、要注意である。