玄田 有史 先生
先日はH17国勢調査抽出速報からのニート数の変化について貴重
なアドバイスをいただきありがとうございました。
佐賀県くらし環境本部の田中です。
その後、また気になることが分かりましたので、メールをしまし
た。
それは、以前から気にはなっていたことですが、調査結果に現れ
ない「不詳」の取り扱いです。
先生もご存知のように国勢調査では、労働力状態を
15歳以上人口(A=a+b+c)
労働力人口(a=1+2)
就業者(1)
完全失業者(2)
非労働力人口(b=ア+イ+ウ)
家事(ア)
通学(イ)
その他(ウ)
労働力不詳(c)
と分類・集計しています。
しかし、「労働力不詳」は、結果表に数字として掲載されていません
(計算しないと分からないという意味です)。
前回のメールでは、非労働力人口のうち「その他」に着目して、その
数がH17年国調抽出速報では前回より半減しているとの問題提起をしてお
りましたが、今回、結果表には数字としては明記されていない「不詳」
の数を出してみますと、
<未婚の15~34歳>
完全失業者数 非労働力人口から通学除く 労働力不詳
H2 721千人 (データなし) 121千人(0.51%)
H7 1,138千人 (データなし) 143千人(0.58%)
H12 1,233千人 944千人 663千人(2.74%)
H17 1,484千人 671千人 1,078千人(4.92%)
<15~34歳総数>
完全失業者数 非労働力人口その他 労働力不詳
H2 857千人 256千人 177千人(0.51%)
H7 1,338千人 294千人 216千人(0.61%)
H12 1,462千人 751千人 710千人(2.06%)
H17 1,726千人 387千人 1,282千人(4.16%)
※「不詳」の後の( %)は、15~34歳人口総数に占める
「労働力不詳」の割合
という結果になりました。
国調に関しては、個人情報保護の高まりを受け、その精度の低下を
指摘されておりましたが、数字でみても前回調査と比較して「不詳」
の数がかなり高くなっています。
特に、H17抽出速報結果の 未婚の30~34歳にいたっては、不詳率
は7.67%にも上っています。
さて、これから先は推測ですが、いわゆる「ニート」状態の者につ
いては、「非労働力人口のその他」から、かなりの数が「労働力不詳」
に流れている可能性があると思います。
試しに、未婚の非労働力人口から通学を除いた数は H17年国調結果
では、 約27万人減少していますが、一方、労働力不詳は40万人増
加しています。
(完全失業者も25万とかなりの数で増えておりますが)
前回は、景気の関係等で「完全失業者」に流れているのではないか
と推測しておりましたが、この「不詳」の結果を見ると、かなり楽観
視していたのではないのかと思っております。
仮に「不詳」に流れているとすると、ニートはまさに実態が捉えら
れない存在になりつつあるのではないかと危惧しております。
(未婚の非労働力人口から通学を引いた無業者数の減少=ニート数の
減少という誤った判断)
また、労働力人口のうち、「主に仕事」が減少し、「完全失業者」
が増加傾向ですので、若者を取り巻く労働・雇用環境が悪化している
ことも看過できません。
これらから、やはり、先生もメールで指摘されていたように「過度
の楽観は禁物」、ニートについては、気を緩めることなく、その対応
策をとり続ける必要があるようです。
なお、労働力調査結果でも いわゆる「不詳」の数はありますが、
標本調査ということも関係しているかもしれませんが、その数は15
~34歳で限定しても5万人前後(不詳率とすると0.2%程度)であり、
国調とは比較になりません。
長文となりましたが、取り急ぎ、お知らせします。
こちらは先週から梅雨明けしたものの、厳しい暑さが続いております。
体調が崩しやすい時期です。先生、お体ご自愛ください。
佐賀県 くらし環境本部
企画・経営グループ 田中
カテゴリー : ベンキョーしてみた
国勢調査から
佐賀県の田中さんからメールをもらって
調べてみた。2005年に行われた国勢調査
から、ニート状態にある若者を意味する
15歳以上35歳未満の未婚者で
非労働力人口(ただし通学を除く)を求めると
67万人に達している。
2000年の国勢調査を使って
同じ計算を、大学院生の石田君が
してくれた。すると、その数は94万人だった。
(石田君、ありがとう)。
減少率は約3割に達している。それだけ2000年代初頭の
ニート増加には、不況の影響が大きかったことを物語っている。
景気の回復に加えて、国や自治体などの若年対策やNPOなどの
活動も、減少に一部寄与したのかもしれない。
田中さんによると、2000年から2005年にかけて、同じ若年未婚者で
職探し中の失業者は増加しているようだ。職探しに至っていなかった
ニート状態の若者が、積極的に求職状態に移行しつつあるのだとすれば
それ自体は、歓迎すべき状況だ。
ただ、67万人という数字は依然として大きな数字で、けっして
問題は終息したとはいえない。むしろ求人が増えても尚就職が
難しい人たちが取り残されている可能性もある。
過度の楽観は危険だろう。
3割はデカイ
25歳から55歳の約3000名の方に
ご協力いただいた調査結果を分析中。
学校を卒業もしくは中退した後に
臨時雇用・パート・アルバイトなど
(つまりは非正社員として)
就職した人のうち、現在は正社員
として働いているのは、
27.8パーセントだった。
学校を卒業してフリーターになると
絶対に正社員にはなれないといって
脅かす人たちもいるようだけれど
3割というのは、結構大きい
希望のある数字だと思うのだが。
ゾンビと日本経済
”Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan”
Caballero, Hoshi, and Kashyap (2006), NBER WP No.12129
http://papers.nber.org/papers/w12129
90年代から2000年代の日本経済とその労働市場に
何が起こったかを記録していくことが、これからの大事な
仕事の一つと思ってる。
そのなかで、面白い論文に出会った。私も含めて
経済学者は、あまりキャッチフレーズとかを付ける
ことを得意としていないのだけれど、「ゾンビ」を
キーワードに日本経済の停滞を考える良質な
実証研究だ。
ゾンビというのは、ホラー映画に出てくる「生きる屍」
のことなのだけれど、不況期において、本来ならば
倒産や事業閉鎖に追い込まれ、事業としては死んだ
はずの企業のうち、銀行などの判断により、延命措置
が行われた企業に、ここでは着目する。
財務データから、実際にその企業支払っている
利払いと存続のために本来支払うべき利払いのギャップ
を求めて、ゾンビ企業を特定化する。すごい作業だ。
それによって、企業毎の投資率や雇用増加率の決定
要因を分析、ゾンビ企業をより高い割合で含む業種に
属する企業ほど、投資も雇用も停滞していたことを
実証している。その企業自体が健全経営であったとして
もゾンビが多く周辺にある場合には資金調達が困難化し
経営にマイナスの影響を与えられていたことを指摘している。
日本の企業の雇用創出や喪失にはまだ未解明な部分も
多く、たいへん勉強になった。次に続くとすれば、上場企業
だけでなく、日本の企業の大部分を占める中小企業に分析
を拡大できれば(そのためのデータが整備できれば)、もっと
多くの事実が分かるのではないだろうか。
「2007年問題」を検証する
2007年問題とは何か。『イミダス』(2006年版)において労働経済学者の中馬宏之氏と労働法学者の小嶌典明氏は解説する。
「団塊の世代(1947~49年生まれの人々)でも一番多いとされる47年(昭和22年)生まれの人々(約300万人)が60歳定年を迎える年が2007年であり、この時に彼らの保有する(暗黙知=勘や直感、個人的洞察、経験に基づく知識・ノウハウとしての)技能・技術が退職によって未活用になってしまう可能性を危惧し「2007年問題」と呼ばれる」(184ページ)。
2007年問題はメディアでも取り上げられ、社会的な関心も高い。ただ、だからといってすべての企業がこの問題に頭を悩ましているわけでもない。厚生労働省『平成16年度能力開発基本調査』によれば、従業員30人以上の企業のうち、2007年問題に危機意識を持っているのは22%に限られる。正確な実態把握を欠いたまま、世代人口の多さという団塊世代の特殊性が、過大視されているかもしれない。そこで本号特集では「2007年問題」について厳密な労働研究による検証を行った論文を寄せていただいた。
三谷論文「企業の最適人材構成と人材戦略」は、団塊世代の定年退職が企業の人材戦略・人事労務管理に与える影響を分析する。団塊問題の企業経済学的な意味が世代効果、置換効果、動機付け理論等から手際よく整理される。
さらに企業アンケート調査に詳細な分析を加え、団塊の世代と企業の人事戦略との関わりを検証する。団塊世代の定年退職が与える影響は、技能継承問題や退職金の負担増といった負の側面だけでなく、人件費削減、ポスト不足解消、年齢構成平準化といった好ましい面を評価する企業は多い。
近年、女性、高齢者、若年労働の積極活用を意図する企業も増えつつあるが、その動機は団塊世代の引退という一時的なものではなく、能力開発の重点化と相まって長期的に推進されつつあると三谷は指摘する。同時にかつて不況により能力開発の機会に恵まれずフリーターやニートを多く輩出した世代への重点的な支援策が必要と述べている。
続く太田論文「技能継承と若年採用」は、2007年問題のキーワードである「技能継承」に焦点を当て、若年採用との関連を検証する。
技能継承は若年採用にプラスとマイナスに働く両面を持つ。プラス面としては、技能の効率的継承による生産性上昇が効率単位の労働費用を低下させる費用低下効果と、「教え手として優秀なベテランがいるから習い手の若手を追加的に採用しよう」という補完効果の両方から、若年採用を促進させる。一方、技能継承によって以前より少ない人数で同様な生産が可能になる労働節約効果もあり、若年採用はむしろ抑制される可能性もある。
その上で太田氏は、技能継承促進は若年採用を総じて拡大する傾向があることを実証する。技能継承と若年採用に相乗作用があることは、企業が長期的な視野から技能継承を促進する政策と若年の就業環境を整備する政策を補完的に行うことで、小さな財政支出で大きな経済効果が期待できると指摘する。2007年問題として技能継承促進に注目が集まる今こそ、若年雇用政策を重点的に行う好機と結ぶ。
太田氏と同様、2007年問題を長期的視点に立った人材の確保と育成という観点から検討したのが、久保田氏による「団塊世代の引退による技能継承問題と雇用・人材育成」である。
久保田氏は2007年問題に最も危機意識の強い製造業を事例に、技能継承問題を「伝える側」「伝えられる側」「伝え方」の三つの視点から整理している。最大の課題は「伝えられる側」の確保とし、リストラで中堅の技能労働者を削減し、短期的な業績回復重視から正社員の採用を手控えてきた「失われた10年」のツケの顕在化を強調する。そして人材の確保育成には、技能労働者の向上意欲を長期にわたって保つ仕組みづくりが、製造業企業の生き残りにとって急務と主張する。
山下論文「高年齢者の雇用確保措置をめぐる法的諸問題」は、法学的観点から、高齢者の継続雇用に向けた環境整備について重要な論点を整理している。
2004年に改正された高年齢者雇用安定法によって、高年齢者の多様な職業生活を意欲や体力に応じてデザインする道筋は示された。しかしそれを労使協議のなかで実現していく場合、事業主が人事や費用の調整を的確に、同時に労働者は労働条件の引き下げに納得できる環境の整備が欠かせない。
そのため、雇用主の雇用確保措置が実施されず、実質的に法所定年齢以前に定年退職扱いを受けた場合、解雇権濫用法理が適用されるべきであることや、手続きに問題のある労使協定で高齢者の係わる基準が設定された場合の無効性が具体的に論じられる。
野呂・大竹論文「年齢間代替性と学歴間賃金格差」は若年、中年、高年のグループ間の不完全代替性に着目し、高学歴化が学歴間賃金格差に与える影響を世代別に分析する。
野呂等は学歴と年齢層ごとに労働者をグループ化し、それらを生産要素とする生産関数を想定し、グループ構成比率と相対賃金の分析から、いかなるグループ間の代替性が大きいかを調べる。
その結果、高卒は年齢間代替性が大きい一方、大卒では近い年齢層にのみ代替性が観察される。それは団塊世代退職の影響が、高卒ではすべての年齢層の賃金に及ぶのに対し、大卒では比較的高い年齢層の賃金に限られることを物語る。
以上の企業の人事政策及び労働市場の動向として2007年問題や団塊世代問題を検証した研究に加え、退職する団塊世代の60歳後の生活や生きがいに目を向けたのが、岡村論文「定年退職と家庭生活」、佐藤論文「団塊世代の退職と生きがい」である。
岡村論文は、高度経済成長を猛烈サラリーマンとして担った夫と専業主婦の妻という性別役割分業の家族を形成してきたことを団塊世代の特徴と位置づけ、夫の定年退職後に直面する課題を整理する。
退職後は、夫婦関係は共同化より個人化へと進み、性別分業といった従来規範からの決別が避けられない。団塊世代の女性たちは、これまでも常勤型、パート型、社会運動型など、母や主婦としてだけでなく、様々な社会的連携を築いてきた。深刻なのは団塊世代の男性である。ときに「リストラ・ショック」を心に抱えながら、個人として自立する新たな挑戦が退職後には待っている。
佐藤論文は、各種調査に基づき、団塊世代の生きがいの行方を検証する。幸福の在処をモノからココロ、すなわち生きがいに求める傾向は加齢と共に高まるが、内容には個人差もある。兎角膨大な人口規模にばかり注目が集まる団塊世代だが、そのキャリアを見ていくと、必ずしも同一の階層、思想、経験の集団でないのもまた事実である。
団塊世代では個人的な趣味の多様性が広がり、趣味に対する積極性と充実度も高い。今後、退職イコール老後という図式が崩れ、「緩やかな退職」が増えていく。団塊の世代が個人的な生きがいを求めるだけでなく、会社や地域を通じて積極的に社会に関与していく新しい高齢像をいかに創造するかによって、高齢社会の姿は大きく変わるだろう。
いずれも、経済学、法学、社会学、心理学、さらには実務に長けた執筆者による読み応えのある論文である。本特集は2007年以降における退職問題を論議するときの優れた情報源となるだろう。
『日本労働研究雑誌』2006年5月号(解題)