正規へ(再・2008・10・30)

「前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について」
 『日本労働研究雑誌』2008年11月号
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/11/rb02.htm 
 〇
 派遣、請負、フリーター、パートなど、非正社員にまつわる 
 話題は、正直、明るいものが多くない。そのなかで、
 なんとか非正社員に希望がないかを考えたものだ。
 きっかけは、労働力調査を見ていて、実は年間40万人近く
 非正社員から正社員への転職を遂げている事実を
 発見したときだ。転職だけでなく、同じ会社で正社員に
 なった人もいるだろう。非正社員では正社員に絶対
 なれないというのは事実ではない。
 では、どうすれば可能なのか。就業構造基本調査
 という転職に関する日本で最大規模の調査を用いて
 分析したのが、この論文だ。正社員になるには、
 フリーターなどの状態に滞留しないことが重要と
 言われたりするが、逆説的ではあるが、非正社員でも
 2年から5年程度地道に努力するほうが、正社員の
 可能性は広がるのだ。
 なぜだろう。正社員の中途採用を目論む企業が
 最も意識することの一つは、せっかく雇った社員が
 すぐに辞めたりしないか、という事だ。正社員の
 採用には、賃金に限らず、社会保険とか、いろいろな
 コストがかかる。それをすぐに辞められたらたまらない。
 だとすれば、企業は辞めにくい、地道に働いてくれそうな
 人をなんとか見極めたいと思う。そのヒント(シグナルと
 経済学でいう)が、過去の継続して働いた実績なのだ。
 反対に仕事を短期間で転々とし続けている非正社員には
 長期に働いてくれそうだという見込みも持てないことになる。
 この論文のタイトルは、いろいろな事情があって、固い地味
 なものになった。ただ、もともとのタイトルとして考えていた
 のは「1年経たずに辞めてはいけない」というものだった。
 論文は依頼されて書かれた論文と、自ら投稿し審査を
 受けて採択掲載される論文の2種類がある。
 この論文は後者である。

転職による雇用形態間の移動に関する日本で最大規模のサンプルサイズを確保する、総務省統計局『就業構造基本調査』(2002年)を用いて、前職が非正規社員だった離職者について、正社員への移行を規定する要因をプロビット分析した。その結果、家事等とのバランスや年齢を理由とした労働供給上の制約が、正社員への移行を抑制している証左が、まずは得られた。同時に、失業率の低い地域ほど移行が容易となる他、医療・福祉分野、高学歴者等、専門性に基づく個別の労働需要の強さが、正社員への移行を左右することも併せて確認された。その上で、本稿の最も重要な発見として、非正規雇用としての離職前2年から5年程度の同一企業における継続就業経験は、正社員への移行を有利にすることが明らかとなった。その事実は、非正規から正規への移行には、労働需給要因に加え、一定期間の継続就業の経歴が、潜在能力や定着性向に関する指標となっているというシグナリング仮説と整合的である。正規化に関するシグナリング効果は、労働市場の需給に関与する政策と並び、非正規雇用者が短期間で離職を繰り返すのを防止する労働政策の必要性を示唆している。

有期の長期化

 非正規雇用の安定性を増し、
 正規雇用との間隙を埋める。
 その上で、新たな就業機会の 
 拡大をもたらす。そんな都合の
 良い(?)環境整備はないもの 
 だろうか。
 一つ検討に値すると思われるのが
 期間の定めのある労働契約についての
 上限の再見直しだろう。2003年の労働基準法
 改正(2004年施行)により、上限は3年
 (正確には3年を超えてはならない)と
 されている(第14条)。
 その上で例外措置として、3年を超えて
 契約することが認められるものとして
 ①一定の事業の完了に必要な期間を 
 定めるもの(土木事業などの有期事業
 で、その事業の終期までの期間を定める
 契約
 ②労働基準法第70条による職業訓練の
 ための長期の訓練期間を要するもの
 が特例として認められている。
 
 さらに5年以内まで可能なケースとして
 ①高度で専門的な知識を有する者
 (厚生労働大臣が定めるもので、現在は
 博士の学位を有したり、公認会計士、医師、弁護士
 税理士、社会保険労務士などの資格を有する者、
 システムアナリスト、アクチュアリーなどの試験合格者、
 特許発明者、そして一定の学歴・実務を有するもので
 年収1,075万円以上の者)
 ②満60歳以上の者
 とされている。
 
 平成15年の改正までは上限は1年であり、それを
 撤廃・緩和することには、一定の反対があった。その
 理由としては、期間雇用者の増加による期間の定め
 のない労働者の代替化への懸念が大きかったという
 (菅野『労働法』第8版、174頁)。
 ただ、以前、パートとフルタイムの雇用変動の関係を
 厚生労働省『雇用動向調査』を用いて実証分析した
 ことがある。その結論はこうだ。
 「経済全体でみると、パートタイムが増えてフルタイム
 労働者が減ったことから「パートがフルタイムの仕事を
 奪っているといわれる。しかし実際には、1年のあいだに
 パートが増え、同時にフルタイムが減ったという事業所は
 事業所全体の1割にも満たない」。
 「消えたフルタイムの雇用機会のうち、パートが増えた
 事業所から発生したのは、多くて2割程度である。
 フルタイムの雇用がパートによって奪われたという表現は、
 個別事業所レベルでみたとき、多くの場合、正確ではない」。
  (以上、拙著『ジョブ・クリエイション』第6章、123頁、2004年)
 これらの結果は、1990年代のデータを分析した結果であり、
 派遣や請負などの非正規と、正社員との代替可能性を検証
 したものではないため、その解釈が現在でも妥当であると
 考えるべきかは、慎重であるべきだろう。しかし、非正規に
 よって正規の雇用が代替されているということを厳密に
 指摘した実証研究を、寡聞にして筆者は知らない。
 少なくとも代替的な関係が個別の企業や事業所でみられたとしても
 それは複数年をわたってある程度時間をかけて実施されている 
 のが通常ではないか。現在雇用されている正社員を削減し、その分 
 を非正規で補完するということは、解雇権濫用法理に照らしても
 考えにくいだろう。
 
 個人的には正社員と非正社員の代替性について慎重に検討を進めながら
 も、有期の非正社員の雇用期間は、雇い止めなどに関する確かな法的制約の下、
 最終的には、個別の有期雇用者と使用者のあいだの合意によって柔軟化
 すべきことを検討する必要があるように思う。
 その結果として、3年、5年どころか10年もしくはそれ以上の長期の有期雇用が
 拡大することはあってもよいように思う。ただ、導入の段階では、現在の上限3年、
 高度の専門性および60歳以上のみ5年を、まずはより広い範囲で5年程度まで
 拡大することも検討に値するのではないか。
 
 非正規雇用の雇用期間の長期化は、様々な社会的なメリットがある。以前にも
 紹介した拙文でも、非正規からの転職に際しては、2年から5年程度の継続就業の
 実績が、採用を意図する企業から高く評価され、結果的に正社員就業の機会を
 広げることを指摘した。
 http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/11/rb02.htm
 また別の論文でも、実際に非正規雇用の一部には「内部化」とでもいうべき
 動きが進んでおり、企業にとって中長期的な就業を期待され、相応の処遇を
 得ている場合も見られている。不安定性が強調される非正規だが、一方で
 「優秀な非正社員に長く働き続けてほしい」「非正規に辞められたら困る」という
 企業も少なからず存在する。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/Japanese/publication/backnumbers/ERabst59.html#4-5 
 
 だとすれば、増加する非正規の処遇を改善するためには、2003年の労働基準法
 改正にとどまることなく、まずは広く有期雇用の上限を5年まで拡大すべく改めて
 検討を要する状況に来ているのではないだろうか。 
 

真の博識

 尊敬する労働問題研究の先輩・後輩が何人かいる。
 ごく素朴な内容も含め、どんな質問でも懇切丁寧に
 おしえてくれる。
 ただ、そういう実際の博識の方のなかには、
 表立った発言などを極力控えているように見受けられる
 場合も案外多い。まるで、知れば知るほど、単純な
 決め付けはしてはならないのだと、自ら戒めて
 いらっしゃるかのようである。
 知るということは、ときにおそろしいことでもある。

3月4日・希望学成果報告会

 『希望は終わらない』
 希望学成果報告会2005-2008
 主催:東京大学社会科学研究所
http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/symposium/090304_symposium.html
日頃からよく口にする言葉では必ずしもない。
けれども、しばしば耳にしたり目にしたりする言葉。
それが「希望」だ。
希望って何だろう。
なぜ人は、希望をときに失いながら、
それでも希望を求め続けるのだろうか。
 ○
 
東京大学社会科学研究所では希望を社会科学する
「希望学」を進めてきました。たくさんのご支援・ご協力を得、
希望学は多くの成果をあげることができました。
プロジェクトが一つの区切りを迎え、希望学に期待や関心を
お寄せいただいた方々に、4年間にわたる成果を、
感謝の気持ちとともに、ご披露いたします。
* 日時:
 2009年3月4日(水曜) 午後2時30分-午後6時30分
* 会場:
 東京ウィメンズプラザ・ホール (東京都渋谷区神宮前5-53-67)
    http://www.tokyo-womens-plaza.metro.tokyo.jp/contents/map.html
* 参加:
 参加無料 → 事前に下記までご登録ください(先着250名)
    http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/sympo_form/postmail.html
* プログラム:
開場 14:00
【講演】 「希望学-4年間の軌跡」
 玄田有史
【映像】 「映像のなかの希望学」
【鼎談】 「希望学をふりかえって今思うこと」
 宇野重規・玄田有史・中村尚史
【リレートーク】 「希望学とは何だったのか」
   出演者(アイウエオ順):
    アナリース・ライルズ、岡野八代、春日直樹、草郷孝好、
    仲正昌樹、中村圭介、仁田道夫、広渡清吾、宮崎広和 (他予定)
     【挨拶】
 小森田秋夫
* 懇親会:
時間: 19:00-21:00(予定)
場所: 青学会館アイビーホール・「ナルド」
          http://www.aogaku-kaikan.co.jp/access.html   
事前登録制: こちらから事前登録して下さい
  問い合わせ先: 希望学事務局
   e-mail:hope@iss.u-tokyo.ac.jp
* お知らせ:
 2009年4月より、東京大学出版会より『シリーズ希望学』(全4巻)が刊行されます。
第1巻『希望を語る-社会科学の新たな地平へ』
第2巻『希望の再生-釜石の歴史と産業が語るもの』
第3巻『希望をつなぐ-釜石からみる地域社会の未来』
第4巻『希望のはじまり-流動化する世界で』

1,2,

 自分が厄年のとき、
 厄明けというのは、節分を
 過ぎた立春から、ということを
 はじめて知った。
 厄明けのみなさん、おめでと3。