おみごと

 「ねえ、なんかおいしいもの、食べにいこうよ」(若い女の声)
 
 「いかねえよ」(若い男の声)
 
 「とっても楽しみだわ」(若い女の声)
 「楽しみじゃねえよ」(若い男の声)
 「隣の部屋の声、筒ぬけなんだよ」(若い男の声)
 今日、聞いていたラジオ・コマーシャル。週刊〇〇タイ
 という、賃貸住宅紹介の宣伝だ。賃貸のニュースだと
 思わず聴いていたこともあって、このオチは久々に
 ウケた。ラジオコマーシャル、音だけならではのオチだ。
 ラジオもそうだけど、テレビコマーシャルの最近の変容振りは
 すさまじい。宣伝に向ける支出は、こぞって切り詰められている
 のだろう。もしかしたら、今後の景気は、コマーシャルをみていたら
 一番わかるのかもしれない。
 でも、さっきのラジオコマーシャルではないけれど、結局
 創造力というのは、おカネの問題じゃなく、知恵とユーモア
 だとつくづく思う。

戦前・戦後

 総務省によると2008年10月1日時点で
 4人に3人がはじめて戦後生まれになった
 のだ、という。
 最近の不況を表す言葉に「百年に一度」
 という表現がある。それをはっきりと嫌いだと
 いった人を二人知っている。同僚の仁田道夫
 さんと、画家の安野光雅さんだ。仁田さんは
 戦後の労使関係論を長年調査してきた人で
 安野さんは自らの戦争体験のなかで語って
 いた。
 64年前の日本は、こんなものじゃなかったという
 のである。「ありふれた奇跡」というドラマの最終回
 にも同じような台詞があった。脚本の山田太一さんも
 同じ心境なのだろう。
 私も「百年に一度」という言葉は安易に使いたくない。
 4人に1人は、戦後の状況を語り、勇気を若い世代に
 与える義務がある。4人に3人は歴史を学びながら、
 未来に立ち向かっていく義務があると思う。
 
 

アマ的希望・プロ的希望

 今日は、本当のアマチュアこそプロであり、
 ただのプロフェッショナルはアマチュアだという
 報告を聞いて、なんだか元気になりました。
 
 久々に夜の雨音もいい。
 ラジオでは佐野元春の番組で
 ニール・ヤング
 only can love break your heart
 が流れている。この歌は
  高橋幸宏ヴァージョンも好きだ。

値段と教養

 今回の希望学の本『希望を語る』で
 多くの方が印象としてお持ちなのは
 「正直、高いな」ということではない 
 だろうか。
 たしかに3,500円(消費税抜き)という 
 のは安い値段ではない。大学の研究は
 税金をつかってやっているのに、さらに
 本で儲けようとするなんて(まったくもう!)
 と思われているかもしれない。
 ただ正直に告白すれば、今回の希望学
 全四巻について、私たちは一銭も報酬を
 得ていない。通常は本が売れると印税というのが
 編者および執筆者に支払われるのだが、
 今回は書き手のみなさんにお願いして
 印税は辞退した。少しでも安い価格で
 読者にお届けしたいと思ったから。
 知り合いの出版関係者から複数現状の
 厳しさを告げるメールが届くご時勢で、
 出版元である東大出版会にとっても
 希望学のシリーズ刊行は一つの挑戦だった
 だろう。不況の影響だけでなく、シリーズモノ
 さらには学際モノはあまり売れないという
 のが定説だからだ。
 その意味で、多くの方が手に取っていただける
 のは、率直にとてもうれしい。本が出来てから
 思ったのだけれど、これが一つの『教養』について
 考える一つのエールになればいいなと思っている。
 教養は、得てして、過去の事柄をなんとも難しく
 考えるといったイメージが強い(少なくとも私には)。 
 今回の希望学は、現代的なテーマを、できるだけ
 専門的な用語などに頼らず、考えようとしたものだ。
 その上で、わけのわからぬことを、あきらめずに
 考え続けるという教養の王道でもあると思っている。
 教養のない自分が、教養について考えるなど
 ちょっと不思議だ。
  

ギリギリの判断

 たいへんありがたいことに
 先週発売となった『希望を語る』について
 早くも重刷が決定したようだ。
 日経、読売、毎日新聞などで取り上げて
 いただいた他、知らなかったのだけれど
 フジテレビの夜のニュースでも話題にして
 いただようだ。
 詳しくは
 http://www.utp.or.jp/
 をごらんください。
 関係者のみなさまに心より感謝申し上げます。
 書店に並んでいない場合にはアマゾンなどの他、
 東京大学出版会にお問い合わせください。
 現在は、5月上旬に刊行の第二段『希望の再生』
 の原稿の最終チェック。締め切りギリギリになっても
 修正箇所がどうしてもあるものだ。
 
 それも本当にギリギリになってみないとわからないから 
 不思議だ。そういえば、高校などの試験などもいつも
 終了間際にミスをよく発見したりした。
 ただ完全にミスではないときには、あせって修正すると
 あとで後悔することもある。それがむずかしいところである
 ことも、ずっと変わらない真実のような気がする。