何年かぶりにA.O.ハーシュマン『離脱・発言・忠誠』(ミネルヴァ書房、矢野修一訳)を読み返す。https://www.minervashobo.co.jp/book/b48969.html
まだやり直しの可能な衰退から立ち直る「きっかけ」としては、離脱の発生への対処だけではなく、発言の機会が重要であること、さらにそのためには離脱と発言の組み合わせが大切になるが、最適な(普遍的な)組み合わせがあるわけではないことなど、改めて深く感じ入る。
2000年代以降も、離脱の環境整備を求める声は多いものの、「状況によっては発言が有効な回復メカニズムとして機能しうること」「発言は適切な制度でもって強化する価値のあること」(136頁)に共感が広がらないのは、なぜだろう。離脱の圧力が生み出す「緊張状態」とならんで、「スラックが重要であり」(14頁)、発言を可能とするスラック(緩み)がたえず生み出され続けていることの大切さが、ヒントなのかもしれないと思う。
それにしても、本書所収の矢野修一さんの「訳者補説「可能性追及」と「越境」の日々―ハーシュマンの激動の人生」は実に秀逸であり、再び感動をおぼえる。いつまでの色褪せない訳者の思いが垣間見られ、ぜひご一読をお薦めしたい。
「離脱には、でるか否かのはっきりとした意思決定以外に何も必要ではないが、発言は、その本質上、常に新たな方向へ進化していく一つの技芸(アート)である。」(46頁)
2020年11月
規模
学部生だった1980年代や 大学院生だった1990年代では 格差、特に賃金格差の問題といえば もっぱら男女間格差と 企業規模間格差、 すなわち大企業と中小企業の間での 労働者の処遇に関する格差が 労働経済学の主要なテーマだったと思う。 それが2000年代になると 男女間格差の問題は どちらかというと 正規・非正規雇用間の格差問題へと 方向性が収斂していく。 さらには教育や訓練の有無がもたらす 賃金上昇の効果の精緻な検証や 非認知能力 (non-cognitive skill)による 影響の把握などに 若い労働経済学者の関心は向か っていった。 そのなかで規模間格差への関心は次第に 薄れていくことになった。 (賃金格差研究の推移については 以下にエッセイを書いた。) https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/04/index.html
しかし今回の感染拡大の事態を経て、 規模間格差は、無視できない重要な問題として ふたたび浮上してくるかもしれない。 リクルートワークス研究所が実施した緊急調査などでも テレワークが主に大企業で推進されてきたことは 紛れもない事実だ。そのせいもあってか、 緊急事態宣言の期間中ですら、 労働生産性が上昇したと回答する雇用者の割合は 大企業のほうが高くなっている。 調査では期間中、労働生産性が「とても上昇した」「上昇した」 という割合が、 300人未満の企業では8.3%だったのに対し、 5000人以上の大企業では14.4%と開きがみられた。 https://www.works-i.com/research/works-report/2020/jpsed2020_rinjidata.html
宣言解除後の勤務先の方針でも、 テレワークや時差通勤の推奨や、ウェブ会議の継続、 決済手続きのデジタル化や資料・データのネット上の共有化 などは、いずれも大企業のほうで圧倒的に見込まれている。 ひいては、これまでの報酬、雇用の安定、訓練機会などの 格差に加え、働く自由度や仕事の効率化などを含む 包括的な処遇格差が、規模間でいっそう拡大することも予想される。
さらには社会全体で働く自由度や効率を上げようとすれば、 その推進役として大企業の環境改善による規模間格差の拡大を、一定期間にわたり、 あえて受容していく事態も認めざるを得なくなるかもしれない。 規模間格差の解消には、中小企業の処遇の底上げが 何より求められるが、そのために生産性の低い企業の 淘汰を進めるというのは、社会的合意を経た上での 十分なセーフティネットの整備が構築されていない限り、 大きな混乱を招くことにもなりかねない。
大企業のなかでは、鉄道や航空などの輸送を担う企業など 現在大幅な赤字と大規模な雇用調整に困難を極めているが、 今回は金融システムそのものがまださほど痛んでいないこともあり、 緊急融資による資金調達を経て、いずれ通常に復帰することが期待される。 大企業の賃金が高いのは、大企業ほど優秀な人材が集まりやすいから といった安易な解釈がなされることは案外、研究者の中でも多い。だがそうではなくここでも、不公正な格差の存在を発見し、 解消につながるようなシステムの構築に注力されるべきだろう。
日常
申し訳ないのだけれど(誰に?)
「ニューノーマル」
という表現が、どうにも
個人的にはピンと来ない。
「新しさ」というとき、
それは現在もしくは過去を
軸に比較したときの新規さだろう。
過去現在の意識がある限り、
そこから見た未来は
たしかにニューになる。
しかし未来がその時点で
日常(ノーマル)となり、
過去と比較されるがいつかなくなれば
そのときには新しさ(ニュー)の感覚などは
とっくになくなっていて、ふだんのことは
当たり前の一つになっているからだ。
ニューには過去からの
脱却の要素が含まれるため
どこからしからそれ自体
歓迎してみたくなるムードがある。
とにかく新しい何がが欲しくなる。
たださらなる未来からみれば
そのときニューと言っていたこと自体が
振り返るとどこか懐かしくかつ気恥ずかしくなることがある。
フォークや歌謡曲と比較した
『ニューミュージック』とか。
ノーマルとは
ニューとオールドのはざまに
つねにあり、その間で漂う状態のことを言う。
ニューは発見され、
オールドは解釈される。
それらに対して、実はもっとも
目が届きにくく、わかりにくいものこそが
ノーマルというものだろう。
過去の当たり前とは違う
別の当たり前の日常というのは
あえてニューなどといわずとも
つねに起こり続けている。
今回の感染拡大に限らず、
日常とは当たり前の更新の連続から
成り立っている。
当たり前(ノーマル)は移り変わる。
一つ思うのは
また別の当たり前が生まれると
そこにはまた時代に特有の
格差が生じるということだ。
知らず知らずいつのまにか
確立していたノーマルを味方に付けて
揚々と暮らす人々もいれば
それにひどく虐げられる人々もいる。
その格差をすら
どうしようもない当たり前のことと
してあきらめないために
学問や研究はあるのだと思う。
2020年7-9月期の労働市場(2)
8月12日に書いたブログでは
20年4-6月期に
フリーランスを含む
非農林業の雇い人のいない自営業主(雇無業主)が
前期に比べて36万人、
前年同期に比べて26万人と 大きく増加しており、
感染拡大がフリーランス普及の きっかけになる
可能性を指摘した。
その後の動きはどうなのだろうか。
今回発表された7-9月期の詳細集計の結果では
非農林業・雇無業主は333万人と、
前年同期に比べて9万人増加したが
前期に比べると18万人の減少となった。
年齢別でも65歳未満では おしなべて減少、
前回大きく増えた高校卒などでも 減少に転じた。
未婚者や単身世帯の減少も大きかった。
感染拡大急拡大の直後は 休業が広がったことで
時間的に余裕が出来たのを利用して
一時的にフリーランスや個別請負などの
かたちで働いた人が急増したことが 考えられる。
それが休業や短時間就業がほぼ終息した ことで、
通常の雇用者としての仕事に戻り、
主な働き方としての一時的な自営業的な働き方も
辞めた人が多かったのかもしれない。
感染拡大をきっかけに フリーランスが増加したというのは
一過性の事実として終わるのだろうか。
2020年7-9月期の労働市場(1)
昨日、
総務省統計局「労働力調査」
7-9月期(第3四半期)の
詳細集計の結果が公表された。
第2四半期では
非正規雇用者数が
前年同期に比べて
125万人と大きく減少した。
第3四半期でも、
同じく前年同期に比べて
88万人と大幅な減少が続いている。
ただし、19年7-9月期は
2002年以降、
非正規雇用者数が
過去最多の2189万人を
記録した時期でもあり、
そのときと比較すれば減少傾向と
なるのは、当然といえば当然でもある。
むしろ非正規雇用は
4月の非常事態宣言後は
緩やかに改善傾向に
あるといえるかもしれない。
むしろこれまで再三述べてきたように
感染拡大後も比較的安定的に
推移してきた正規雇用に若干の翳りが
詳細集計からも見て取れる。
今後の動きが注目される。
7月から9月の毎月の基本集計では
年齢別の動きも注目された。
以下、前年同期との比較を中心に確認。
在学中を除く15~24歳では
前期に続き非正規雇用は前年より減少。
在学中のアルバイトも
4-6月期は前年同期より11万人減ったが
7-9月期は23万人と減少幅が広がった。
基本集計では8月から9月にかけて
15~24歳でも正規雇用に停滞傾向も
感じられたが、今回の四半期では
必ずしも明確な衰退はみられない。
こちらも今後の動きが重要だろう。
一部で失業率上昇などの報道もなされた
25~34歳女性については
就業者数、雇用者数とも
対前年同期の減少幅が
7-9月期には4-6月期よりも広がった。
男性も含めて比較的年齢の若い層を中心に、
特にパートやアルバイトなどの非正規雇用は
雇用機会が制限される状況が続いているのは
7-9月期の特徴だろう。
就職氷河期世代を含む35~44歳でも
非正規雇用が対前年より減っているーのは
変わらないが、あわせて正規雇用の減少も
続いている。なかでも男性について、
前年同期より20万人減少は
4-6月期とならんで7-9月期は2期連続となっている。
ただし35~44歳層では、
第二ベビーブーム世代が
2019年には大部分が
40歳代後半に突入するなど
人口の減少そのものも減っているので
その影響も考慮する必要はある。
それより上の年代である高齢層でも
非正規雇用の減少傾向はみられるが
一方で正規雇用は前年同期より
あまり減少していない。
正規雇用で働く機会を得ていた
高齢就業者は先行きの収入不安なども
考慮に入れて、転職や離職に慎重になり、
現在の状態を維持しようと努めているのかもしれない。