人間に格はない③

  家族という、プライベートで他人が土足で
 やみくもに踏み入ることの許されないテーマに対し、
 経済学者を含む研究者は、これからどのように
 向かい合っていくべきなのだろうか。私が
 あらためて思い浮かべるのは、次の石川先生の言葉である。
 「制度化された経済学の最大の弊害は、
 方法論的無反省となる以前に、経済学者が
 どのような社会的役割を果たすかについての
 主体的意識が希薄化してしまうことにある
 のではないだろうか?」

スポーツ雑感_100217

 一昨日、ある高校で講演したとき、 
 ふと12年前の長野オリンピックの
 話を思いついた。男子ジャンプ団体
 (結局、金メダルをとった、例の
  原田選手の「ふなきぃ・・・」という
  アレだ)。
 ただ、競技そのものの話ではなく、
 一回目のジャンプの後(日本は不振)、
 天候悪化で競技中止になるかどうか
 の瀬戸際の場面だった。そこで何人かの
 「テストジャンパー」が競技続行可能を
 証明するために、悪天候のなか、見事な
 ジャンプを繰り返し、その結果、競技続行
 日本が金メダルを取ったという話。
 あのテストジャンプは、冬のオリンピックの
 なかで、もっとも印象的だった場面の一つだ。
 
 そう思っていたら、同じ一昨日の夜中にNHK
 でその番組をやっていたらしい。見逃した。
 帰りの新幹線で、宇野重規君のブログに
 あった「オシムの伝言」(千田善、みすず書房)
 を読みきる。オシム前監督が病に倒れた後の
 回復過程で口にした言葉が「試合にいかなければ」
 だったそうだ。
 あまりの衝撃で、報道されれば、岡田新監督ほか
 新チームに動揺と混乱が必至ということで、いっさい
 その発言はシャットアウトされたという逸話が書かれて
 いた。なんだか、泣けてきた。
 自分にそれだけの執念があるだろうか。

人間に格はない②

 
 今回の本にもいろいろと
 思いいれはある。
 装丁(カバー)も一つだ。
 とても気に入っている。
 装丁は、「まえがき」を受けて
 編集者のMさんが、何度も現場に
 足を運んで撮影したなかの一枚を
 使ったものだ。
 まえがきを読んでいただくと、その
 意味をお分かりいただけると思う。

人間に格はない①

  私は論文を書いて
 「それがどのような政策につながるのですか」と
 いったことを、石川先生から問い質されたことが一度もない。
  政策、なかでも労働政策は、総合的な観点から判断し、
 立案・実行されるものだ。 多くの前提条件にもとづく、
 たかだか一本の論文からもたらされた含意などが、
 そのまま通用するほど政策は単純でない。
 
  では、政策に直結することが目的でないとすれば、
 研究の目指すべきものとは、そもそも何なのだろうか。