SNEP (26)

 ● スネップであることは、
 いけないことなのでしょうか。
 スネップが増えることは、本当に
 問題なのでしょうか。
 たいへんにむずかしい質問です。
 がんばって考えて、答えてみたいと
 思います。
 ひきこもりやニートのときもありましたが、
 働かないのも本人の自由という考え方
 があります。同じようにスネップも、本人が
 望んで家族以外の誰とも交わらず、働いて
 いないのだから、とやかく他人がいうことでは
 ない、という意見もあるでしょう。
 ただ、私には、自由とは、やはり自分自身で
 積極的に獲得し続けていくものではないかという
 思いがどこかにあります。
 働かない状況に移行する瞬間には、何がしか
 移行の理由があるものです。探したけれど
 仕事がみつからなかった、会社が傾いて仕事が
 なくなった、病気になって働けなくなった等。
 スネップになるきっかけはあると思います。
 ただ、スネップの状態が長く続いているとき、
 そこに、その状態を続ける明確な理由はありません。
 自分でもよくわからないけれど、動き出せない、
 体も心もいうことをきいてくれないという感覚が
 近いように思います。
 そのような状態を、自分が自由で選びとった
 ものであると考えるのは、私にはとても無理が
 あるように思うのです。
 
 無論、別に今の状態(=スネップ)でいいんだ 
 という人も、調べてみれば、きっといると思います。
 ただそれも、どうしようもない状態を、あきらめたり、
 どこか正当化しなければ生きていけないといった思いから
 やや刹那的に口にすることが多いのではないかと思います。
 ただし、よく調べてみたり、実際に詳しい人の話を聞いてみる
 必要がありますが。
 それに人と交わらず、働かない自由があるとしても
 その自由は、一緒に暮らす家族によって保障されている
 面も大きいかもしれません。それが経済的に余裕のある
 家族で、働かず誰とも交わらなくても十分に生きていける
 というのであれば、たしかに他人がとやかく言う問題では 
 ないのかもしれません。しかし、調べてみると、ニートも
 そうでしたが、スネップも、特段に裕福な家庭から多くが
 生まれているという統計的な裏付けは得られませんでした。
 だとしたら、これまでの貯金に加えて、年金などで生活
 している親の収入を頼りに、スネップを続けている人が
 少なからずいるとすれば、それは年金を含めた社会保障の
 使い方として、はたして妥当なものなのだろうかという思い 
 をどうしても持ってしまいます。
 以前、ある方と対談をしたとき、働くことに
 意味を置きすぎていると意見されたことがありました。
 日本人は働くことに希望を置きすぎている、むしろ
 生きることそのものにもっと重きを置くべきだといった
 ご主張でした。
 働くことはたしかに生きる一部でしかないのかもしれません。
 スネップが意味していることは、働かないということが
 社会とのつながりを欠くことを意味する傾向がどんどん
 強まっているということです。社会とのつながりを失う
 ということは、生きることを難しくします。
 人はおカネやモノに満たされているということだけで
 人間らしい生を全うすることは困難だと思います。何らかの
 意味で、社会との交わりがあってこそ、喜怒哀楽があり、
 生きていることの意味、生きることの本当のよろこびや、
 生きることの本当のかなしみを、実感できるのではないかと
 思います。
 
 それから、これも実態から詳しく調べてみないといけないのですが
 スネップのなかには、自分が働いたり、人と交わろうとする
 ことで、これ以上、誰かに迷惑をかけたくないといった思いも
 少なからずあるような気がします。
 それについては、明日、お話したいと思います。
 

SNEP (25)

 さまざまな新しく独創的な若者自立・就労支援の
 活動を続けているNPO法人に
 「育て上げネット」があります。
 http://www.sodateage.net/
 育て上げネットは、定期的に
 メールマガジンを発行しています。
 メールマガジンをご覧になりたい方は
 melmaga@sodateage.net
 までご相談ください。
 その最新号で、理事長の工藤啓さんが
 スネップについてのご意見を記されています。
 工藤さんの許可を得て、ここに引用します。
 ○
 今週の「週刊エコノミスト」(毎日新聞社)エコノミストレポートで
 東京大学の玄田有史先生が寄稿されています。
 「ニート予備軍 孤立無業者「スネップ」が急増している」
 紙面によると
 「スネップとは、他者と接触のない無業者
 のことを言う。その急増は社会保障費
 の増大に直結する。自立支援の手を差し伸べる対策が急務だ。
 で説明されている。総務省「社会生活基本調査」を元に20歳以上59歳以下の
 在学中でない未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が
 家族以外に一切いなかった人々(調査された連続二日間)を調べたところ
 1996年には無業者の30%に届かなかった「スネップ」が、2006年には
 60%近くに上昇していることがわかったそうです。
 つまり、現在の日本社会は「無業者」であることと「孤独」状況に密接な
 関係性が見て取れるということです。詳細は紙面に譲りますが、
 これまで実際の支援現場に来られる若者も”感覚値”では、比較的家族
 以外の他者とコミュニケーションを取っていないタイプが多かったわけですが
 それを論拠を持って証明することはできませんでした。ひとつには
 相談を受けるにあたってわざわざ「友達いますか?」「孤独でないですか?」
 という項目を立てて、すべての方にヒアリングするわけではないからです。
 もうひとつは、相談をしたり、オープンなコミュニケーションの場で観察
 すると「人慣れ」「話慣れ」していないことを把握することができたからです。
 ちなみに、この紙面では、スネップの方のうち、電子メールの送受信を
 しているひとは40%程度だそうです。つまり、60%はメールも使っていない。
 「自宅でずっとネットやっているのでは?」という話はよくでますが
 感覚値でも、ネット依存型の若者はほとんどおらず、むしろ予想以上に
 使っていない感じがしています。
 そうなると、とにかく難しいのは「出会う」ことであり、重要なのは
 アウトリーチ/(家庭)訪問支援などに頼らざるを得なくなるのではないかと
 思います。
 NEETという言葉が日本に広まりかけた時、英国に調査に行きました。
 そのときにご担当者が話をしていたのは、
 「NEET状態の若者をどうするかも重要だが、何よりも重要なことは
  UnknownをKnownにすることなんだ」
 と言われました。何をしているのかまったく把握されない状況にある方と
 とにかく接触できるよう努力をして、「何もしていないこと」「何かを
 していること」がわかることに全力をそそぐことが重要であると。
 「何をしているかわからない」を、「何もしていない(できていない)」こと
 がわかるようになること。
 もしスネップという言葉が広がるとしたら、この部分にしっかり取り組む
 こと。そして、「来る(来られる)を前提としたサポートにしない」ことを
 強く意識していくべきだと考えています。
 このメルマガを読んでくださっておられる方は、若者への目線がやさしく
 社会課題としての若者支援に理解がある方ばかりなのですが、
 定義がある状態を示す言葉が、「やる気」とか「怠け」といった定義を
 無視したイメージや、「自己責任論」で語られたりしないことを
 願います。 
 
 理事長/工藤 啓
 ○
 unknownをknownに
 ということに、私もとても 
 共感します。
 よく問題解決が必要といわれますが、
 本当に深刻な問題はそんなに簡単に
 解決しません。
 
 むしろ大事なのは、問題発見です。
 本当に大事な課題は発見すらされず、
 当然、解決もしません。
 一方で問題が発見され、共有と共感が
 広がれば、解決に向けて大きく前進する
 という実感があります。
 スネップもそうなってほしいものです。
 
 

SNEP (24)

 ●SNEPと、引きこもり・ニートを
 どのように区別して理解すれば
 よろしいでしょうか。
 質問がありましたので、
 回答します。
 ひきこもりは政府のガイドラインによれば
 「様々な要因の結果として社会的参加
 (義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、
 家庭外での交遊など)を回避し、原則的には
 6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり
 続けている状態(他者と交わらない形での外出を
 していてもよい)」とされています。
 私は、ひきこもりは、スネップの一部だと
 考えています。たとえばスネップの約37%は、
 一年間にスポーツ、旅行、ボランティアなどを
 一切していません。なかでも、家族とも一緒に
 いない一人型のスネップは、46%がまったく
 それらの行動をしていません。
 約19%だけがそれらの行動をしていない
 非孤立無業とは大きな違いがあります。
 これまでもひきこもりについての研究はありましたが
 残念ながら対象を把握するのが難しく、実際には
 非常に限られた回答者からの研究がほとんどでした。
 それに対してスネップは、1000件を超える該当者の
 回答が寄せられており、統計的に信頼性の高い結論が
 得られます。
 
 ちなみに一人型スネップは半分以上が、単身世帯ですが、
 家族と暮らしながらも、家族との交流がない一人型の人々も
 います。そこにも、ひきこもりは少なからず含まれると
 考えられます。
 ニートは、無業者のうち「仕事をしたいと思っているが
 仕事を探していない」人(非求職型ニート)と
 「仕事をしたいと思っていない」人(非希望型ニート)があります。
 一方、「仕事をしたいと思っており仕事を探している」人
 のことは完全失業者といいます。
 
 テレビや新聞などで耳聞する完全失業率は、
 就業者と完全失業者の和(労働力人口と言います)
 に占める、完全失業者の割合で、ニートは含まれません。
 スネップは、非孤立無業に比べて、より高い割合で
 ニートが含まれています。その関係を表した図は、
 今週月曜に発売の『週刊エコノミスト』80頁の図3に
 示しました。ぜひそちらもご覧ください。
 図からは、スネップのほうが、ニートがより高い割合で
 含まれることがわかります。特に、家族と一緒にいる
 家族型スネップで、非希望型ニートが多くなっていて、
 4人に1人が働く希望を持っていない状態となっています。
 また過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを
 一切行っていないスネップも、働く希望を失いやすく
 なっています。
 スネップとニートは重なる部分が多いのですが、
 図にもあるように、それでも非孤立無業にも
 ニート状態の人も、スネップほどではないですが
 含まれています。
 またニートは、経済的に困窮した家庭から生まれる
 傾向が強まっていますが、スネップと出身家庭の
 経済力とは必ずしも関係がみられません。その意味で
 スネップとニートには、一部違いもみられます。
 詳細な統計分析にご関心の方は、
 http://cis.ier.hit-u.ac.jp/Japanese/publication/cis/dp2012/dp555/text.pdf
 に示した、東京大学大学院の高橋主光君と私の
 共同研究をご覧ください。
 就業、ニートとの関連などは、表11から表13、本文では17~20頁
 あたりで、詳しく説明しています。
 
 

SNEP (23)

 以前、ゲンダラヂオに
 投稿していただいていた
 たちかわ若者サポートステーションの
 井村良英さんから、
 スネップから脱したHさん(41歳男性)と
 井村さんの対談の記録をおしえてもらいました。
 http://www.sodateage.net/delivery/jiritsu.pdf
 ここに(一人型)スネップの実際とその厳しい現実、
 そしてそこから人とのつながりによって脱することが
 出来るのだという希望のある現実を垣間見ることが
 できます。
 記録を拝見しながら、以前、井村さんが
 言っていた「支援のときには、必ず一日一回は
 笑ってもらうようにする」という言葉を
 思い出しました。
 それは簡単なようで難しい。
 難しいけれど、けっして不可能ではない。
 まず大事なのは、このような事例を積み重ね、
 みんなで共有することだと思います。

SNEP (22)

 アウトリーチを含め
 社会から孤立した状態にある人たちの
 自立に向けた支援には
 具体的に何が必要なのでしょうか。
 ニートの研究を2004年に始めて以来
 NPOや自治体などで若者自立支援の活動に
 携わっている方たちに多く知り合うことが
 出来ました。
 ニートから8年、今、自立支援の現場が
 どのような展開や発展を見せているかを
 改めて考えたいと思っています。さらには
 新しく浮かび挙がった課題などを共有する
 ことも大事だと思います。
 スネップは、若者だけに限らず、40代や
 50代にも広がっていることもお話しました。
 一般に、自立支援は若く早い段階でかかわる
 ことが効果的だと言われてきたと思います。
 それが年齢もやや高くなったスネップに対して
 支援するには、何が必要であるのでしょうか。
 ぜひとも、全国でニート、ひきこもり、さらには 
 実際にスネップに該当する方々を支援されている
 みなさんからお話を聞かせていただければと
 思います。
 これも以前に言いましたが、データからしか語れない
 ことと、データからは語れないことの両方があると
 思います。効果的なアウトリーチや自立支援の
 姿は、現場の声に耳を澄ますことが何より大事だと
 思っています。
 ひさしぶりに支援現場の方にお会いしたりする
 ことも、新しくスネップの研究を始めたいと思った
 大きな理由の一つです。